卯月くんは作文が書けない。
卯月二一
卯月くんは作文が書けない。
※注)常体と敬体が入り乱れて読みづらいかもです。
本当は書く気は無かったんです……。
多くの方が投稿される黒歴史を高みの見物と洒落込む予定でした。ですが、KAC2024で鍛えられたお陰か卯月の右腕と右眼が妙に疼くのです。
こんな書き方ではじめましたが、なんてことはないウン十年前の小学生の頃のどこにでもありそうなお話です。先に謝っておきます。ワクワクとかキュンとする要素ゼロです。
私、卯月は子どもの頃から文章を書くのが本当に苦手でした。人前で話すのも同じくらい無理な小学生で、先生に当てられて答えは分かっているのだけど緊張のあまり泣き出すようなダメ男子でした。自衛隊あがりの長距離トラック野郎の親父のもと、昭和の鉄拳制裁のなかスクスクと育ちましたから、自己肯定感マイナス10000くらいの純粋な陰キャとして完成をみました。
そして、二つ下の弟は卯月とは違い立派なヤンキーへと成長し、家を飛び出して早々に子どもを作り結婚、そしてすぐに別かれました。しかし養育費はきっちり払い続けた立派な弟です。弟の話の方が面白そうですけど今回は卯月の普通の小学生時代の話です。すいません。
小学五年生か六年生の時の話です。卯月は弟同様こんな息苦しい家から脱出しようと必死にお勉強を頑張り、弟はダークサイドへと堕ちていきました。ああ、そっちは忘れてください。
「さあ、今日は皆さんに作文を書いてもらいますよ」
若い女の先生でした。ええ、人気のある素敵な先生でした。もちろん卯月も「お、お母さん、じゃなくて先生」みたいな言い間違いもしましたけど、それも関係ありません。
「げっ、作文……」
だいたい作文を書くのが好きな小学生男子なんていません。まだ携帯やスマホも無い時代ですから、小さな紙になんか書いて回し合いをする文化により文章作成能力を鍛え上げられた女子たちとは違います。男子はみんなこの世の終わりみたいな顔をしていました。
算数やらなんやらのお勉強には自信のあった卯月くんですが、作文というものに関しては絶賛底辺の加納くん(実名です、ごめん加納!)といい勝負です。本当に原稿用紙を前にすると石化してました。
「自由に好きなことを書けばいいですからね。四百字詰め原稿用紙二枚渡しますね。これじゃ足りないって子は先生に言ってくださいね」
お題ははっきりとは覚えていませんが、小学生なら普通に書けそうなありふれたものだったと思います。もちろんバッファローや住宅の内見なんてお題じゃありません。いまでこそ、そんなお題でも発表から二、三時間で投稿する卯月ですが、その当時は絶望しかありませんでした。
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目の前に置かれた二枚の原稿用紙。
周りからはカツカツと聞こえてくる鉛筆の音。ドッジボールの英雄様も給食早食い魔王も着々とマスを埋めているのがわかる。俺の心の友であるはずの加納くんも何やら書きはじめているではないか。
机間巡視する美人の女先生が俺の横で立ち止まる。そしてタイトルも名前も書かれていない俺の真っ白な紙を覗き込む。
「卯月くん、好きなことを自由に書いたらいいですからね」
「えっと、何を書けばいいか……」
「心に浮かんだことをそのまま書けばいいのよ」
「……」
この先生は俺が作文が超絶苦手なことに気づいていないと思う。当時存在した夏休みの卯月の読書感想文なんて本の後ろのあらすじのほぼコピーみたいなものである。当時はひとクラスの人数も多く、日本の人口ピラミッドの最大数に位置する世代である。さほど問題も起こさず手のかからない生徒である卯月のことなんて深く知ろうとしていないことは十分わかっていた。当時はとんでもない奴はごろごろいたし(これも面白いけれどもまた別の話)。
卯月は言ってみれば自分のスキルポイントを「書き」ではなく「読み」に全振りしたような小学生だった。少ないながらもあったお小遣いはハヤカワのアガサクリスティの単行本にすべて消えていった。すべての内容を楽しめていたのかは曖昧であるが、当時本屋さんに並んでいたものはすべて読んだはずだ。
読めるが書けないという典型だった。いや、きっと読みすぎたせいで書けなくなったんだと今は思う。
席を立ち、先生に追加の原稿用紙をもらいにいく生徒もちらほら出てくる。
卯月くんの頭の中には浮かんでは消えていく何かがあるのだが、それを捉えることはできなかった。時間が経つにつれてお題とは全く関係ないことなんかも浮かび始める。でも何か書かなきゃ……。HBの緑の三菱鉛筆を握っては離しを繰り返す。
教室の大きな丸い時計は、もう卯月の力では原稿用紙一枚も埋めきることはできない時間だと告げていた。
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卯月は、この時の感覚をよく覚えています。
不思議と悲しくはなかったし、多分いつもの自分ならシクシクと泣き始めるはずなのだけど、頭の中から迷いのようなものは無かったと記憶しています。
その授業の時間ずっと悩みすぎて心が折れたのかもしれなかったけど、嫌な気分ではなかった。たしかその真逆だったように今は思います。
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授業時間が終わり、他の生徒が書き上げた作文を先生に提出しにいく。先生は名簿にチェックをつけていたと思う。もしかしたらそんなことしてなかったのかもしれないけど。
一番最後に持っていったことだけは間違いない。
名前すら書いていない折り目すらついていない二枚の紙を提出した。
「一生懸命考えたけど、何も浮かびませんでした」
このセリフを間違いなく伝えた。その時の先生がどんな顔をしていたのかも今では思い出せない。持ち帰りの宿題になったのか、もういいと言われたのかも定かでないが、結局書かなかったことは覚えている。
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後にも先にも白紙で答案を提出したのはこの一回だけです。
その後、作文、小論文、レポート、企画書、プレゼン資料など、必要に迫られて文章を書かなければならない場面に遭遇すると常にこのときのことが思い浮かびます。
不思議なことに何十年も経って、ついこの間。約一年前か。卯月は随分遠回りしたけどようやく書くことが面白いと思えるようになりました。それについてはまた機会があれば書くとして、この小学生の時の出来事が卯月の黒歴史的なナニカです。
いまとなってはなんら恥ずかしくもない、いい思い出話になってしまったけど間違いなく卯月の大切な黒歴史です。
卯月くんは作文が書けない。 卯月二一 @uduki21uduki
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