第29話 もう友達だよ

「えっ、お松さん! ザエモンも!」


 僕が声を上げると、オバケン君はぴくりとそれに反応し、辺りをきょろきょろし出した。


「おい、何だよ。もしかしてまた増えたんか? ぼっちの友達か? おい、今度はどんなやつなんだ。初めまして、大葉健太郎と――」

「オバケン君は一旦黙ってて! あと、オバケン君が知らないだけで、二人ともオバケン君のことは知ってるから!」


 正直オバケン君の自己紹介よりも、首根っこを掴まれてしゅんとしている落ち武者の方が気になって仕方がない。しかもお松さんのもう片方の手には、さっきのお社があるのである。


「ていうか! おいぼっち! あのお社浮いてんぞ!」


 黙ってって言ったのに、お社だけは見えるオバケン君がうるさい。


「あー、うん。あのね、僕の友達の『お松さん』っていうお姉さんが抱えてるんだ。だからオバケン君には浮いてるように見えるんだね」


 そう説明すると、「えっ、お姉さん!? お姉さん、ちーっす! 俺、オバケンです!」と勢いよく頭を下げた。ほんとうるさいよ、オバケン君。


「ほっほ。随分と元気の良いわっぱだねぇ」

「そんなことよりお松さん、どうしたの? あの、どうしてザエモンはそんなにしょんぼりしてるの?」

 

 さっきはあんなにカッコよかったのに。


「ユウ殿ぉ~。拙者頑張ったでござるのに~」

「う、うん。すんごいカッコ良かったよ」

「そ、そうでござろう? そうでござろう?」


 ガバッと顔を上げて僕に向かって手をパタパタと振るザエモンから、お松さんがパッと手を離す。すると、ザエモンは、おっとっと、と言いながら、前につんのめって来た。それを僕が受け止めると、「ううう、ユウ殿、お優しい」とおんおん泣くのである。おかしいな、さっきは本当にカッコよかったのに。


「頑張るも何もないんだよ! あと一歩でこいつごとレイが真っ二つになるところだ! 下手なことをして身体と魂を繋ぐ糸がぷっつりと切れちまったらどうしてくれるんだい!」

「ひぃっ! お松殿、ご勘弁をぉ~」

「えっ、どういうこと?!」

「おいぼっち、何が何やらわかんねぇんだけど。俺にもわかるように説明してくれ」

「いや、僕にも何が何やら。あの、お松さん、一体何があったの? えっと、そのお社って一体何なの?」


 僕がそう尋ねると、お松さんは「こいつは『宿貸し』だ」と言った。


「『宿貸し』? ヤドカリなら聞いたことがあるけど」

「似たようなもんだけどね。こいつは、近付いた者に無理やり宿を貸す、っていうはた迷惑な妖怪さ」

「妖怪かぁ。妖怪だからオバケン君にも見えたってこと?」

「そういうことだね」

「だってさ、オバケン君。妖怪はオバケン君にも見えるんだって。良かったね」

「良かった……のか?」


 出来れば俺は幽霊を見えるようになりてぇのになぁ、なんて言って、ここか? ここすか? などと言いながら、みんなのいる方に手を伸ばす。大丈夫、合ってるよ。


「それで、だ。こいつはね、ユウに身体を拭いてもらったことがよほど嬉しかったみたいなんだよ」

「身体を――、あぁ、そういやそうだ。拭いたね、僕」

「何せ、無理やり宿を貸すようなやつだ。これまで誰も相手にしてくれなかったんだろ。その上、そこのオバケンもあのじいさんも、この中に押し込めるにゃぁ、ちぃとばかしデカすぎるし」

「確かに」

 

 成る程、無理やり宿を貸すといっても、自分より大きなものは無理なんだな。


「そういうわけで――ほうら、出て来な、お嬢さん」


 そう言って、お松さんがゆっくりとお社の扉を開ける。おずおずと中から出て来たのはお嬢様だった。幽霊ならどんなに大きくても入るものらしい。


「ユウ、あの、わたし、ユウとちゃんと話がしたくて」

「ごめん!」

「えっ」


 先手必勝とばかりに、僕は大きな声で謝って、ぶぉん、と風を切る音さえ聞こえてきそうなくらいの勢いで頭を下げた。


「さっきの僕、すごく感じ悪かったよね。本当にごめん!」

「い、良いの。だって元はと言えばわたしが――」


 お嬢様が顔の前で手をぶんぶんと振る。その手を握って止めようとしたけれど、僕から触れようとしてもすり抜けるだけだ。それを思い出して、手を引っ込める。


「あのさ、お嬢様の話、ちゃんと聞くから。僕も話したいし。だけどまずは一旦身体に戻ろう。長岡さんが心配してる。それに、もうすぐお医者様がお嬢様の顔を見に来るみたいなんだ」

「えぇっ?! 奥寺先生が?」

「名前までは知らないけど。でも、いまのお嬢様を見たら絶対に大変なことになるよ。急がないと」

「じゃ、じゃあすぐに戻る。戻り方はわかるから大丈夫」


 そう言うとお嬢様は胸に手を当てて、目をつぶり、すぅはぁと深呼吸をした。元々薄かった身体がさらに透き通っていって、このまま消えるのかと見ていたら、思い出したように目をぱちりと開けて、僕をじっと見た。


「え、っと。何?」

「ユウ、絶対に来てくれる?」

「うん、この後すぐに行くよ」

「待ってるから、絶対に来てね」

「わかった」

「それから」


 お嬢様の身体が風景と馴染んでいく。もううっすらとしか見えない。


「わたしのこと、『お嬢様』じゃなくて、名前で呼んで」

「名前、って。えっと、『あやか』、だよね?」

「ううん。そっちじゃなくて」


 わたしはやっぱり『レイ』が良いかな。


 その言葉を最後に、彼女の姿は消えた。


「オバケン君、もう一回長岡さんに確認してみてもらえない? えっといま、戻ったはずなんだけど」

「お。おう!」


 慌ててオバケン君が長岡さんに電話をかけると、「おっおおおおお嬢様ぁぁぁぁぁ! よっ、よくぞ御無事でぇぇぇ!」と離れたところにいてもわかるくらいの大絶叫が聞こえて来た。良かった、間に合ったみたい。


 それで。


 僕らは皆で千鳥のお屋敷に向かうことになった。だって約束したもん、この後すぐに行くって。オバケン君も一緒とは言ってなかったけど、たぶん大丈夫なはず。


 お社をお松さんが持つと道行く人達からはぷかぷか浮かんでいるように見えてしまうため、それはオバケン君の自転車のかごの中に入れることにした。自転車が揺れる度にカコカコと音がする。


「どうしてレイはお社の中にいたの?」


 僕が首を傾げながらお松さんに尋ねると、「あぁそうそう」と思い出したように手をポンと打った。


「こいつがユウに恩を返したかったそうだよ」

「僕に?」

「ほら、庭でレイと口論になったろう? それを聞いてて、心配になってこっそり後をつけていたらしいんだ。そしたら、ユウがレイのところに行くって話になったろ?」

「うん」

「じゃあ、自分がレイを捕まえて、ユウに届けてやろう、って思ったみたいでね」

「そうだったんだ……」


 ありがとう、と呟いて、屋根を優しく撫でてやると、『宿貸し』という妖怪らしいお社は、嬉しそうにカタカタと揺れた。


「ま、それをこの馬鹿がたたっ切ろうとしてたわけだけど!」


 そう言ってお松さんがぎろりとザエモンを睨む。


「だ、だって拙者はてっきりユウ殿が襲われたものと思って……」

「だとしてもいきなり刀を抜くやつがあるかい! いまの時代、切り捨て御免なんざ認められないんだよ!」

「うぐぅ……しかし拙者の時代では……」

「おだまり!」


 かなりしっかりめに怒られてるザエモンがおかしくてくすくす笑っていると、自転車を押しながら隣を歩くオバケン君が僕の脇腹をちょいちょいと突いて来た。


「なんか楽しそうだな、ぼっち。いま何が起こってるんだよ」

「え? えーっとね、さっきこのお社から僕を守ろうとしてくれた落ち武者のザエモンが、お松さんっていう着物のお姉さんにめちゃくちゃ怒られてる」

「マジかよ、めっちゃ見てぇんだけど」

「オバケン君には見えないよ、残念だったね」

「くそーっ! ずるいぞぼっち! 俺だって幽霊と友達になりてぇよ!」

「こればかりはどうしようもないね」


 僕とオバケン君がそんな会話をしていると、僕らの周りをふよふよと漂っている三人は目を細めて笑った。


「見えなくても、別に友達って思ってやっても良いよ」

「左様。ユウ殿の友人ならば拙者達も友人でござる」

「水くせェなァ。『オバケン』、『べーやん』の仲でしょうに」


 だってさ、と僕が三人に代わって伝えると、オバケン君は拳を高く突き上げて、「よっしゃ、俺も幽霊と友達だぜ! よろしくっす!」と吠えた。すごくうるさい。

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