第24話 三人の幽霊達③

👻👻👻


「ど、どどどどうしやしょう! 坊を怒らせちまったですぜ!」


 アワアワとべーやんが手足をばたつかせる。


「お、おおおおおお落ち着くでござるよべーやん! な、なに、こういう時こそ男はどっしりと、か、かかかかか構えててててて」


 落ち武者のザエモンがカタカタと震えると、頭に刺さった矢も、それに合わせてふるふると揺れる。


「どうしよう、わたしのせいだ」


 お松に背中を擦られながら、レイがしょんぼりと肩を落とす。


「レイのせいじゃないよ。あたしらがちゃんと話をつけとくべきだったんだ」

「でも」

「なぁに、あたしらに任せな」


 どん、と胸を叩いて、ちら、と男衆に視線をやる。相変わらず、べーやんとザエモンはわぁわぁ騒ぎながら仲良く震えていて、「やれやれ」とお松は首を横に振った。


「男共は情けないねぇ。大丈夫、ユウはちょいと混乱してるだけさ。話せばわかる子だ」

「話すならわたしも」

「お待ち。レイはまだ無理しちゃいけない。だいぶ良くなってきたとはいっても、油断は禁物だよ」

「だけど」

「大丈夫。お松さんを信じて、お利口にしてな。いまのレイに一番大切なことは、身体を強くすることだ。せっかくお医者からもう少しここで様子見、って言われたんだろう?」

「そうです、けど」

「学校にだって通えるかもしれない。そしたらほら、さっきの元気な坊主。オバケンとか言ったかねぇ、あの子が案内してくれるって張り切ってたじゃないか」

「わたし、ユウにも案内してもらいたい」

「だったら直接頼みゃあ良い。あの子だって六年通ってる学び舎だ。隅から隅まで教えてくれるだろうよ。だから、良いかい。レイは今日もご飯をたくさん食べて、ゆっくりお休み。今日はお天道てんとさんもたーっぷり浴びたんだ。そら、いつもより顔色も良い」


 ね? と優しく微笑まれ、レイは頷いた。

 それで、ちびちびとスイカをかじりながら長岡が来るのを待つ。ほどなくして戻って来た長岡とオバケンに、ユウは家の用事を思い出して帰ったこと、それから自分もそろそろ部屋に戻ると伝えた。


 長岡はオバケンに何度も頭を下げて、「また明日もぜひ」と締めくくり、彼もまた「もちろんっす」と元気よく返したが、その場にいる幽霊達は「果たしてどうだろうか」と不安そうな表情を浮かべるのみだった。



 それで。


「坊、ぼーんっ! 出て来てくだせェ!」

「ユウ殿! 拙者、また一緒に遊びたいでござるよぉ!」

「ユウ、なぁ、頼むよ。ちょいと顔を出しておくれな」


 ユウの祖父の店の前に集まった三人が、膝くらいの高さまで開けられたシャッターを覗き込むような視線で、店の中にいるユウに向かって声を張り上げている。


「……僕まだ、三人と友達で良いの?」


 そんなしょぼくれた言葉が返って来て、三人は、より一層声を張った。


「当たり前じゃないか!」

「そうですぜ!」

「無論でござる!」

「……そっか。良かった」


 まだ声は沈んでいる。

 けれども、さっきよりは幾分かマシだ。


 しばらくすると、シャッターの奥から、ユウがひょこりと顔を出した。目が赤くなっている。それをまたごしごしと乱暴に擦り、すん、と鼻を鳴らしながらしゃがみ歩きで店から出る。


 そこへお松が、「なぁユウ、ちょいと聞いとくれ」と一歩前に進み出、ここ数週間でレイから聞いた話をユウに話した。途中途中、べーやんとザエモンが割り込んで相槌を打つ。


 年の近い話し相手もおらず、日がな一日勉強をするか読書をするかの日々。そこへ望遠鏡をプレゼントされたことで外の世界を覗くようになり、幽霊達と遊ぶユウを見つけたこと。その輪に入りたくて、幽体離脱の方法を覚えたこと。ユウが女の子が苦手と言っていたのを聞いて、それで男の子の振りをしていたこと。


 そして、その幽体離脱が原因で再び体調を崩してしまい、家人の監視が厳しくなって会いに来られなかったこと。その間もずっとユウに会いたがっていたこと。


 それを聞いて、ユウがぐっと下唇を噛む。


「レイとまた友達に戻れるかな。さっきの僕、感じ悪かったよね」

「そう思う気持ちがあるなら大丈夫でござろう」

「坊、レイともう一度話してみたらどうです?」

「でもレイはもう僕と会いたくないかも」

「そんなこたァねェですって」

「そうでござる。レイ殿だってユウ殿と話がしたいはずでござるよ!」


 しょんぼりと肩を落とすユウに向かって、べーやんとザエモンが大声で励ます。 


「それに、まさかレイがあんなに可愛い女の子だったなんて」


 僕、どうしたら良いんだろ。


 そう言って、膝を抱える。


「僕、男の子の友達だっていないのに、女の子と友達になんてなれるのかな。何して遊べば良いかも分からないし、どんな話をしたら良いのかもわかんないよ」


 そりゃ、お店にはリリちゃん人形とかもあるけどさ、僕うまくやれる自信ないし、などと言いながら、ちら、と店の方を見る。


 遊び方がわからないと言う割には、どうにか歩み寄ろうという気持ちはあるらしい。そのことに気が付いて、三人は頰を緩ませた。それと、「オバケンは友達じゃないのか?」とも思ったが、一旦そこは置いておくことにした。


「坊、レイとはこれまでどんな遊びをしてきやした?」

「え? 青ひげ危機一発とか、オセロとか将棋とか、人生波乱万丈ゲームと、バランスゲームと……」

「レイ殿はつまらなそうにしていたでござるかな?」

「ううん。いつも楽しそうだった」

「だったら、それで良いじゃないか。レイはさ、ユウとそうやって遊びたいんだよ」

「……そっか。そうだよね」


 ぐし、と目の端に残る涙を拭って、ユウは立ち上がった。


「僕、もう一回レイのところに行ってくる」

「それでこそ坊でさァ!」

「さすがは拙者の見込んだ男でござる!」


 えいえいおー、と拳を振り上げるべーやんと、いざ、出陣んん~、と刀を抜くザエモンに背中を押され、ユウもまた勇ましく「よーし、頑張るぞー!」と鼻息が荒い。


「それは良いけど、今日の分の宿題は大丈夫なのかい?」


 ただ一人冷静なお松がそう言ったが、とりあえずいまのユウには聞こえていないようだった。大丈夫、夏休みはまだもう少しだけある。


👻👻👻

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