第23話 僕だけ仲間はずれ

「うわ、お嬢様、めっちゃ可愛い」


 思わぬハプニングで見えてしまったお嬢様の素顔に、オバケン君がドストレートな感想を放つ。うん、僕も可愛いと思ったけど。いや、可愛いとか、そういうんじゃなしに。


 いまの、レイにそっくりだった。

 レイはいつも帽子を深く被っていたけど、顔を見たことがないわけじゃない。何せ、僕とはそこまで身長差はないけど、べーやんやザエモンは僕らよりもずっと大きいんだ。だから話をする時にはどうしたって見上げる格好になる。そういう時にはレイの顔が良く見えるんだ。


「ほら、ぼっちもすっかり見惚れちまって」


 あっはっは、とオバケン君が能天気に笑っているけど、僕は混乱しすぎてそれどころじゃない。だって、レイは幽霊の男の子はずだ。だけどここにいるのは、人間の女の子。


 そこでふと思い出して、失礼だとは思ったけど、テーブルの下を見る。きちんとそろえられた足には、見慣れたローファーがあった。もちろん全く同じ靴だって売られてるかもしれないけど、僕はこの、小さな王冠のエンブレムのついたローファーを何度も見た。僕達はあの空き地で、しゃがみ込んで色んなゲームをしたんだ。その時に何度も見た。いつものりモンの赤Tシャツとデニムのハーフパンツなのに、足元だけ入学式みたいな靴を履いてるの、ずっと不思議だったんだ。


「あっ、おい、失礼だぞぼっち!」

「どうしました、宝地君? 何か落としましたか?」


 オバケン君には失礼だなんて言われたくないよ、って気持ちもあったけど、確かにこれは、無理やり女子のスカートを覗き込もうとして先生に怒られてるクラスの男子と変わらない。全く失礼なことをしたと思う。思うけど。


「レイ?」


 顔を上げて、僕は『お嬢様』に向かってそう尋ねた。


「レイなの?」

「ぼっち? どうしたんだよ。さっき『礼夏あやか』って言ってたじゃんか」

「もしかして、親戚とか? でも、その靴、僕」

「おい、無視すんなって」


 聞きたいことが頭の中でこんがらがってうまくしゃべれない。ましてや目の前にいるのは可愛い女の子だ。


 すると『お嬢様』はやっぱりとても小さい声で「ごめんなさい」と言った。それで、長岡さんのシャツをクイクイと引っ張って彼に何やら耳打ちをする。長岡さんはちょっとびっくりしたような顔をしたけど、わかりましたと頷いた。


「大葉君、もし良ければ、ちょっと屋敷の中に入りませんか?」

「えっ、急になんすか?」

「昨日、心霊特番がお好きとお話ししていたでしょう? まさかこの年になって語り合える友に出会えるとは思わず。私の秘蔵のコレクションをお見せしたいな、と」

「えっ、気になる! 良いんすか!」


 オバケン君はあっさり食いついた。

 さすがの僕にもわかる。

 これはあれだ、いわゆる、厄介払いというやつなのだ。

 つまりは、『お嬢様』は僕と二人で話がしたいのだ。


 だからきっと。


 この目の前にいる『お嬢様』はレイなのだ。


 俺のお勧めは××県にある廃病院の~、なんて明らかに危なすぎる心霊スポットについて話しながら、オバケン君と長岡さんが屋敷の方へ向かうと、僕はちょっとだけ椅子を『お嬢様』の方へ近付けた。だってこうでもしないと、声が小さすぎて聞き取りづらいんだ。


 最初はもじもじと指を遊ばせるだけだった『お嬢様』だったけど、やがて観念したのか、帽子を取って、空いている椅子の上にそれを置いた。レースの暖簾は帽子にくっついていたらしい。遮るものがなくなると、やっぱりそこにあるのは『レイ』の顔だ。といっても、僕が知っているのはポーラーベアーズの帽子を被ったレイなんだけど。


「嘘ついてて、ごめんなさい」

「てことは、やっぱりレイだったんだ」

「あの、本当にごめんなさい、わたし」

「もう良いよ」

「でも」

「良いってば」

「ユウ、怒ってる?」


 怒ってなんかいない。

 この時までは本当に、全然怒ってなんかいなかった。

 きっとレイにだって何か事情があったんだろう。病気で死んではいなかったけど、身体が弱いのは事実なのだ。それがどう『幽霊のレイ』と関係しているのかはわからないけど、きっと何かあるんだ、って。でもびっくりしすぎて、ちょっと口調はキツくなってたかも。


 だけど。


ボン


 べーやんが、にゅっ、と割り込んできた。


「べーやん」

「坊、男なら、女の嘘の一つや二つ、笑って許すもんですぜ」

「えっ、そうなの? ていうか、べーやん知ってたの?」

「うぐっ、えっと」

「こら、べーやん。お主は出しゃばりすぎでござるよ!」

「ザエモン、君は? 君は知ってたの? レイが人間の女の子だって」

「えっ、えっとぉ……」


 べーやんもザエモンも、だらだらと冷や汗をかいて目をあっちこっちに泳がせている。この二人は嘘をついてもすぐにバレるのだ。


「この二人が知ってるってことは、もしかしてお松さんも……」


 僕の後ろで、我関せず、とばかりに明後日の方向を見ているお松さんにそう言うと、彼女は、ぎくり、と身体を震わせて「ほっほ、なんのことやら」と作り笑顔だ。これは怪しい。


「つまり、知らないの、僕だけだったんだ。皆知ってたんだ。僕だけ仲間はずれなんだ」

「そんな、坊を仲間はずれだなんて」

「そうでござる!」

「誤解だよぅ」

「ユウ、あのね」 


 さっきまでは平気だった。

 全然平気だった。

 きっと事情があるんだろうな、って。

 だけど、仲間はずれにされたんだと思ったら、急に悲しくなっちゃった。僕は、幽霊達といてもやっぱり『ぼっち』なんだ。

 だって僕だけ人間だもんな。レイも人間だったけど、レイは幽霊の時もあったし、やっぱり仲間になれるのかも。


「僕、帰る。ちょっと、用事思い出しちゃった」

「ユウ!」

「ごめんね、『お嬢様』。長岡さんとオバケン君にもそう伝えて」

「待って、ユウ! わたし」

「早く元気になると良いね。オバケン君、学校を案内してくれるって。大丈夫、オバケン君は僕と違って友達もたくさんいるからさ。きっとお嬢様もすぐ友達が出来ると思うから」

「ユウ、わたし、あなたと」

「じゃあね。スイカ、ご馳走様でした」


 言葉を遮って立ち上がった。


 もうここには来れないかも。

 

 そんなことを考えながら、門に向かって早足で歩く。

 僕の後ろをべーやんとザエモンが焦った様子でついて来る。


「坊、違う違う違う! ちゃんと話を聞いてやってくだせェ!」

「ユウ殿! さすがにアレはイカンでござる! レイ殿が可哀想でござるよ!」

「僕、皆と友達だと思ってた」

「当然でさァ! あっしだって坊のことは友達だと思ってまさァ!」

「拙者もでござる! 当然でござる!」

「松代のアネゴだって――」

「だけど、皆は僕に黙ってたんでしょ? レイのこと、本当は知ってたのに」

「それは」

「その」

「僕は、君達には隠してることなんてないのに」


 二人を振り返って、そう言う。


「お松さんと一緒に、レイのこと見ててあげてよ。今日も暑いし、何かあったら大変。僕のことは気にしないで。家に帰って宿題しないと」


 門を出て、僕は走った。

 自分の足が遅いことなんてわかってる。

 長い距離を走る体力がないこともわかってる。

 どう考えたって家まで走りきれないこともわかってる。

 だけど、早くこの場を立ち去りたかった。

 

 大丈夫、二人は優しいからきっと僕の気持ちを汲んで一人にしてくれるはずだ。


 そう思って、確認のため、振り返る。

 良かった、誰もいない。


 早速ぜえぜえと上がり始めた呼吸を整えて、とぼとぼと歩く。

 これからどうしよう。

 僕、もう本当に『ぼっち』になっちゃうのかも。

 

 そんなことを考えながら向かうのは家ではなく、おじいちゃんの店。僕の宝物のお店だ。何だかまっすぐ帰る気になれなかったのだ。いつものようにシャッターを少しだけ開けて、中に入る。もわっと、ものすごい暑さだ。窓を開けて風通ししないと。

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