第22話 天使のような『お嬢様』
その次の日、また僕達はいつものように待ち合わせてお屋敷へ行った。そういえば、このお屋敷は『
「千鳥さんっていうんだ」
ここに通うようになって数日目、僕が初めて表札の存在に気付いてそう言った時、オバケン君は「こっちは『ぼっち』だし、ここは『ひとり』なんつって」ってけらけらと笑ってた。あのね、それ、笑うところじゃないからね。僕はまだしも、ここのお家は『ひとり』じゃないよ、『ちどり』!
それで、だ。
千鳥さんのお屋敷に行くと、長岡さんがいつものようににこやかに出迎えてくれた。何だかやけに嬉しそうな顔をしている。
「長岡さん、何か良いことあったんすか?」
オバケン君は案外目ざとい。意外と思われるかもしれないが、女子のちょっとした変化にもよく気が付くのだ。髪を切ったのを褒めたりとか、すごいなって思う。でも、相手が喜ぶことなら良いと思うんだけど、言わなくて良いことだってたくさんある。いつだったか、「なぁお前、ちょっと太った?」なんて言っちゃったりして、それで泣いちゃった子もいる。そういうのはさ、黙ってるべきだってさすがの僕でもわかるよ。
だけど今回は悪いことではなかったらしい。長岡さんはいつものように庭へと案内しながら、ウキウキと「わかりますか」と言った。
「実はあの後お医者様から、『もう少しここで様子を見ても良いのではないか』と言われたんです!」
「おお、良かったっすね!」
「それで、お嬢様にもお話してみたんです。ほら、お二人と会ってみては、って」
「おっ! マジすか。お嬢様なんて言ってたっすか」
「そしたらですね。さすがにちょっと恥ずかしいと言われてしまいました」
その言葉にがっかりと肩を落とすオバケン君に「僕はそうなると思ってたよ」と声をかける。
「でも、外の世界への興味が出て来たようでですね。――ほら」
と手で示すその先に、昨日まではなかった真っ白いテーブルセットがあった。テーブルの真ん中には、海で使うような大きなパラソルが刺さっていて、四脚ある椅子の一つに、女の子がちょこんと座っている。
真っ白いワンピースに、大きなつば付きの帽子。日除け目的なのかわからないけど、顔の前に
本当に『お嬢様』なんだ、と僕は思った。
オバケン君なんか口をぽっかり開けている。
「お二人が宝探しをしているところを見学なさりたいそうです。事後承諾になってしまいましたが、よろしいでしょうか?」
その言葉に、オバケン君は、首がちぎれて飛んでくんじゃないかってくらいの勢いで何度も頷いた。僕もそこまでじゃないけど、何だか釣られちゃって何度も首を縦に振った。
それで――。
「なぁお嬢様、見ろよこれ。ダンゴムシ!」
「やめなよ、オバケン君」
「おーいお嬢様、あっち見てみろよ、なんかほら……、きれいな花! 咲いてる! 名前わかんねぇけど!」
「オバケン君、せめてわかるやつにしなよ」
オバケン君は宝探しそっちのけで、何か気になる(オバケン君基準)ものを見つけてはお嬢様に報告しているのだ。ねぇ、そんなことより宝探しに集中しようよ。たぶんお嬢様はそれが見たくて来てるんだからさ。
一応、お嬢様の許可が下りるまではあまり近付かないようにと言われているので、そこはきっちり守っているから、そのレースの暖簾の奥で、彼女がどんな表情をしているのかはわからない。楽しんでいるのか、迷惑がっているのか。だけど、オバケン君が何かを言う度に、隣にいる長岡さんにこそっと耳打ちしていて、それを聞いた長岡さんがにこにこと頷いているところを見ると、きっと迷惑はしていないのだろう。
結局、そんな調子だから、今日はいつもよりも全然宝探しは進まなかった。地図に×をつけた方が良いのか悩んでいると、「宝地君、大葉君」と長岡さんが僕らを呼んだ。
「お嬢様が一緒におやつを召し上がりたいと。あちらの蛇口で手を洗ってきてもらえますか」
「良いんすか! 俺らが一緒でも!」
「ええ。お嬢様がそうしたいと」
「やった! よし、行こうぜ、ぼっち!」
「え、あ、うん」
恥ずかしいって言ってたけど、良いのかな。
というか、僕の方が恥ずかしいよ。
顔はレースの暖簾のお陰で全然見えないから、少しは恥ずかしさも軽減されるけど、それでもこんなにきれいに着飾った女の子と一緒のテーブルに着くなんて。
というのはどうやらオバケン君も同じらしい。さっきまでダンゴムシを捕まえて得意気に見せてた人とは別人のようである。
「失礼します」
緊張しすぎて、ちょっと声が震える。長岡さんが、「ご緊張なさらず。君達と同じ、六年生なんですから」と笑いながら、僕らの前に切り分けたスイカを置いた。僕らには三角に切ったやつで、お嬢様には、食べやすいようにだろう、一口サイズ(それもうんと小さい)に切ったやつだ。
「マジ? お嬢様六年なの? てことは、
「そうですね、一応入瀬小学校に籍はあるのですが、残念ながら通うことは出来ていなくて」
「そうなのかぁ」
「だけど、身体が良くなったらさ、通えるんだろ?」
オバケン君の言葉に、お嬢様のレースの暖簾が揺れた。小さく頷いたのだ。
「ほんと!? なぁ、長岡さん、マジ?」
「そうですね、もちろん。通えるに越したことはございません」
「よっしゃ! イケるイケる! だっていま良くなって来てんだろ?! お嬢様が学校来れることになったらさ、俺ら、案内するし! な、ぼっち!」
「えっ、僕も?」
「何だよ、やなのかよぉ」
「嫌とかじゃなくて。その、僕は、『ぼっち』だから」
「なーに言ってんだよ。お前もうぼっちじゃねぇって。呼びやすいからそう呼んでるだけ。そうだお嬢様、名前なんて言うんだ? 長岡さん、名前とか聞いても大丈夫だよな?」
一応、そういうのは気にするんだ、オバケン君。
確認のためだろう、長岡さんが腰を落としてお嬢様に耳を近付ける。そしてゆっくりと頷いた。
「やった! あのさ、俺、大葉健太郎。お嬢様も『オバケン』って呼んで良いから! そんでこっちは『ぼっち』じゃなくて――」
「ちょっと、僕だって自分の名前くらい言えるからね。えっと、僕は、
僕がそう言うと、またお嬢様のレースの暖簾が揺れた。またきっと、頷いたのだろう。
すると今度は、うんと小さな声で「わたしは」と聞こえて来た。聞き漏らすまいと、僕もオバケン君も思わず身を乗り出す。
「ち、千鳥、
そう言った瞬間、風がふわりと吹いた。
今日はほとんど風のない日だったんだけど。
その風が、『あやか』と名乗ったお嬢様の暖簾をふわりと浮き上がらせた。
暖簾の下にあった顔に見覚えがある。
レイ?
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