第21話 もしかしたら、の話

 いそいそと懐中電灯を持って来てくれた長岡さんだったけれど、照らして確認してみると、お社の中は空っぽだった。それを見て、オバケン君と長岡さんがそろって肩を落とした。そりゃそうだ。こんな思わせぶりなものがあったら、絶対にこの中に入ってると思うよね。でも、どうして長岡さんもしょんぼりしているんだろう。

 

 そう思い、借りた濡れ布巾でお社をきれいに拭きながら聞いてみる。


「お恥ずかしい話ですが、実はこの手の話が昔から好きで。何かが封印されているお社ですとか、祠ですとか。なので、年甲斐もなくワクワクしてしまいました」


 そんなことを言って、ちょっと照れ臭そうに頭を掻いた。


「マジ? 長岡さん、そういうの好きなんすか?! 意外! 良いじゃん! 俺も好き!」


 オバケン君が真っ先に食いつく。常に騒々しいんだ、彼は。心霊系が好きなくせに、僕が幽霊を見えることについては信じてくれないのか。何でだよ。


「心霊特番とかさ、母ちゃんは『くだらないもの見てないで宿題しな!』って怒るんだけど、おもしれぇっすよね!? な、ぼっちも好きだろ!?」

「別に僕は特別好きってわけじゃないけど。でも、恥ずかしいことじゃないと思います」


 そう言うと、長岡さんは「ありがとうございます」とやっぱり照れ臭そうにしていた。


「なぁんだ、もっと早くそういうの知っときたかったなぁ」


 差し入れの麦茶を飲みながら、オバケン君がぽつりと言う。


「そういうのって?」


 僕と長岡さんはそろって首を傾げた。


「え? だってさ、そしたら長岡さんとももっと仲良くなれるじゃん? 俺、友達って別に子どもとか大人とか関係ねぇと思うし。俺、長岡さんとももう友達だと思ってる」

「さすがに馴れ馴れしいよ、オバケン君」

「はっは。そうですか。いや、お若い方と友達になれるなんて光栄ですよ」


 こんなことを言うオバケン君に対してそう返せる長岡さんは本当に大人だ。


「あぁ、でも長岡さんともあとちょっとでお別れなんだよなぁ。八月いっぱいだもんな」

「ていうか、お宝が見つかったら、ここに来るのも終わりだよ」

「うわ、そうだった。くっそー、そうだった。何なら今月ギリギリまで見つからなくて良いまであるな、これ」

「目的を忘れちゃ駄目だよ、オバケン君」

「はっはっは。見つかってもいつでも遊びに来てください」

「マジすか! やった!」

「ちょ、オバケン君!」


 いえーい、と奇声をあげて長岡さんにハイタッチを求めるオバケン君の脇腹を小突く。ほんともうすぐ調子に乗るんだから。だけど、そんな僕に向かって「良いんですよ」と長岡さんはにっこり笑顔だ。


「実は、ここだけの話ですけれど、もしかしたら、まだここにいられるかもしれないんです」


 背中を丸め、声を落として、長岡さんが言った。さすがにオバケン君も声を潜めて「マジすか?」と返す。


「最近、お嬢様の体調がものすごく良いんです。ご飯もたくさん食べられるようになって、少しずつですけど、お屋敷の中も歩けるようになってきたんですよ。先週お医者様に診ていただいたら、とてもびっくりしてらして」

「えぇ、すごいじゃん、お嬢様」

「そうなんです。それが、君達がここに通うようになってからなものですから、もしかしたら、二人の楽しそうな声を聞いて、元気が出て来たのかもって思ってですね」

「おお、そういうこともあるかもしれねぇっすね。な、ぼっち!」

「確かに、そういうのはあるかも」


 もしそれが本当なら、すごく嬉しい。

 僕達の存在が励みになるとか、ヒーローみたいじゃん。


「だから、このままいけば、もしかしたらここに残れるかもしれないんです。今日、この後お医者様が来られるのですが、もしかしたら、と」


 そう話す長岡さんはとても嬉しそうだ。長岡さん自身もここにずっといたいのだろうか。それともお嬢様が元気になったのが嬉しいのかな。僕としては、ここはとても良い街だと思うから、ここを気に入ってくれたんだとしたら、すごく嬉しい。


「なぁ、そのお嬢様って、俺らが会いに行ったら駄目な感じっすか?」

「ちょ、オバケン君?!」


 突然とんでもないことを言い出すオバケン君である。


「駄目だよ! 女の子だよ?!」

「え? 女の子だと駄目なのか?」

「いや駄目でしょ。お嬢様だって恥ずかしいと思うよ」

「そうか? だってさ、もし俺らの声で元気になってきたんだったら、実際に会ったらもっと元気になるかもじゃね? そんで話し相手になるとか、散歩くらいだったら一緒にとか」

「駄目駄目駄目駄目! オバケン君みたいな、デリカシーがなくてガサツな子は駄目だって! お嬢様びっくりしちゃうよ!」

「お前、結構ズバッと言うな……」


 冗談じゃないよ! 女の子となんて絶対に無理だよ! それにオバケン君はクラスの女子からも「デリカシーがない」とか「ガサツすぎる」ってよく言われてるし。あのね、いまのは僕からの言葉じゃないから! 君がクラスの女子にいっつも言われてるやつだよ!


 僕らのやりとりとにこにこと眺めていた長岡さんは、「それ、良いですね」なんて言って、空のグラスを片付けながら立ち上がった。


「お嬢様にも聞いてみます。確かに、良い刺激になるかもしれませんし」

「だろぉ~!? な、ぼっち。そういうもんなんだって」

「オバケン君はちょっと黙って! 考え直してください、長岡さん」

「大丈夫、無理強いなんてしませんから。あくまでもお嬢様がそう望まれたら、という話ですよ」


 はっはっは、と軽く笑うのに釣られて、オバケン君も笑ったけど、僕は曖昧に相槌を打つだけだ。


 いつのまにか昼寝から目覚め、僕の後ろの方でふよふよしているべーやんとザエモンが何やらニマニマと笑っていて気持ちが悪い。僕に何か言いたいことでもあるの? と聞きたいけれど、オバケン君と長岡さんもいるからそれも出来ない。それにここ最近、二人は宝探しが終わると、用があると言って一時間くらいどこかに行ってしまうのだ。たぶん今日も。一体何をしているんだろう。お松さんはここに来るタイミングでいつもどこかに行っちゃうし。


 まぁ、用が終わればまた空き地に集合して遊べるから良いんだけどさ。何だかここ最近、三人が僕に隠し事をしているような気がして、それがちょっと寂しかったりする。

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