わたしと幽霊

第16話 『ユウ』が来た

 ユウのところに行けなくなって、もうだいぶ経っちゃった。

 相変わらず酒井さんと長岡さんは交代でわたしの部屋にいる。


 そりゃあ三十分くらいは席を外す時もあるけど、たったの三十分じゃ遊びになんていけないし、それに、本当に長岡さんや酒井さんが三十分で戻って来るかもわからない。もし早めに戻って来たら、きっと大変なことになる。だって幽体離脱中のわたしは、身体から魂が抜けてる状態。つまり、死んでいるのと変わらないはず。


 静かに寝てるだけだと思ってくれたら良いけど、脈を測られたりしたら絶対にアウト。死んでると思われちゃう! そういう怖い話を読んだことがあるのだ。死んでると思われて、お葬式の準備をされちゃう、っていう。棺桶の中に閉じ込められて――なんて、考えるだけでもゾッとする。


 だから、会いに行きたくても行けないのだ。せめて、会いに行けなくなった理由だけでも伝えられたら良かったんだけど、それも出来ない。


 しかも、


「とりあえず、八月いっぱいはここで様子を見て、改善のきざしがないようであれば、入院させましょう」


 そういう話になってしまったのだ。

 どこの病院ですかって奥寺先生に聞いてみたら、東京のすごく大きな病院だって。


 東京に戻ったら、もう絶対にユウに会えない。


 先生は、今度はパパや康太もきっと頻繁にお見舞いに来てくれるかもしれないよ、なんておっしゃってたけど、絶対にそんなことないよ。だっていまでさえ、電話すらかけてこないんだから。


 いまのわたしにとっては、家族がお見舞いに来てくれる『かもしれない』ことよりも、ユウ達と遊べなくなることの方が重要だ。何せこっちに関しては『かもしれない』じゃない。ユウ達が東京のその病院まで来てくれることなんて絶対にあり得ないし、いまでさえ会いに行けないのに、わたしが幽霊になってこっちに行くのだって絶対に無理。


「お嬢様、あたし、掃除の時間なので、少し席を外しますね。何か口がさっぱりするおやつも持って来ますから」


 酒井さんが私にそう声をかける。


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、「お嬢様、どうか安静になさっていてくださいね」と心配そうに眉を寄せた。


 酒井さんが部屋から出ると、ベッドと壁の隙間に隠しておいた望遠鏡を取り出す。酒井さんはとにかくベッドでおとなしく寝ていてほしいようで、最近では、本を読んだり、勉強をするのだってそんなに長い時間は疲れちゃうから駄目って言われてる。だから望遠鏡だってあんまり長い時間は見られない。


 安静にしていないと駄目だってことはわかるけど、こんな生活を続けている方が身体に悪そう。現に、ユウ達と遊べなくなって、わたしの食欲はものすごく落ちた。あの時はあんなにもりもり食べられていたのに、いまではお茶碗半分だって多いくらい。


 はぁ、とため息をつきながら、窓の外を見る。すると。


 ウチの門の前に男の子が二人立っていることに気が付いた。ウチに? 何の用だろう。

 

 その二人は兄弟かな? ってくらいに身長差があった。片方は、身長もそうだけど、何だか身体つきもがっしりしていて、中学生のようにも見える。そして、もう一人は、というと。小柄で、細身で、あれは――。


「ユウ?」


 ユウはそんなに服のバリエーションがなくて(僕あんまりそういうこだわりってないんだよね、って笑ってた)、いつも縞々しましまのTシャツに、ハーフパンツという恰好だ。あの青と白の縞々Tシャツは見覚えがある。絶対ユウだ。間違いない。それによく見たら、電信柱の陰にべーやんさんとザエモンさんもいる! お松さんはいないけど、また呉服屋さんに行ったのかな?


 この窓をコンコンと叩いて、ユウ、わたしはここだよ、って言いたかったけど、駄目だ。


 だっていまのわたしは女の子だもん。それに、人間だ。ユウは、幽霊の男の子の『レイ』だったら友達になってくれるけど、人間の女の子の『礼夏あやか』とはきっと友達にはなれない。だって、女の子は苦手だって言ってたし。きっといまのわたしを見ても、『レイ』だなんて気付かないに決まってる。


 こんな至近距離で望遠鏡を覗き込むわけにもいかず、わたしはずっとユウを見下ろしてた。せめて、もう会えないんだよって一言だけでも言えたら、と考えたけど、隣にいる身体の大きな子に怪しまれるかもしれないと思うとそれも出来ない。


 すると。


 わたしの視線に気付いたのだろうか、ユウがこちらを見た。

 ぱちり、と確かに目が合う。ユウはちょっとびっくりしたような顔をして一度視線を逸らし、確かめるようにもう一度こちらを見た。髪も下ろしているし、まさかわたしが『レイ』だとは思わないだろう。きっと、ここに人がいてびっくりして二度見したとか、そんなところじゃないかな。


 それにしても、ユウは何しにここに来たんだろう。

 もしかして、わたしに会いに来てくれたとか?

 

 ちょっとだけ、そんな奇跡を期待した。

 

 本当の名前も伝えていないし、実は幽霊じゃないことだって教えてない。それにもちろんここに住んでいるってことも。だからそんな奇跡は起こりっこないんだけど。


 だけど、もしかしたら、って思った。

 だってわたしはもうすぐここからいなくなってしまって、もう二度とユウ達に会えなくなる。小さい頃から身体が弱くて、他の子達みたいに外で思いっきり遊んだりも出来なくて、楽しいことなんて何にもなかった。そんなわたしに、ほんの数日間だけど最高に楽しい時間が訪れたのだ。神様って本当にいるんだ、って思った。だから、神様が本当にいるんだったら、最後にそんな奇跡を起こしてくれても良いんじゃないかな、って。もう遊べなくなっても、でも最後にせめて、会えなくなる理由を伝えられるくらいの奇跡を。


 しばらく見ていると、玄関から長岡さんが出て来た。庭を指差しながら何か話してる。窓を開けたってきっとその声は聞こえないだろう。


 そうしているうちに、体勢がちょっと辛くなってきて、わたしは望遠鏡を元の場所にしまった。それで、はぁ、とため息をついてから部屋の中に視線を戻す。


 と。


「随分と良いトコに住んでるんだねぇ」

「えっ?!」

 

 部屋の中に、お松さんがいた。

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