第14話 いつの間に友達?

 それで、おじいさん――長岡さんというらしい――との取り決めはこうだ。


 もちろん、今日すぐに見つかるのなら問題はないんだけど、何せ広い広いお庭である。十分かそこら探させてもらっただけで見つかるわけがない。なので、一日二十分、長岡さんがお庭の手入れをする時間だけ、という約束で出入りさせてもらえることになった。もちろん、期限は八月いっぱいまで。九月になったらこのお屋敷は空き家になってしまう。大葉君は「そうなったらなったでゆっくり探せて良いじゃん」とかとんでもないことを言ってたけど、ねぇ、そういうことじゃないからね?!


 とりあえず、そんな約束をしたわけだけど、今日見つかればもちろんそれに越したことはないわけだ。いくら佐伯先輩でも、例えば高い木の上にだとか、地面を深く掘って――なんてことはないはず。大きな脚立やスコップを持ったまま柵を越えるなんて難しいだろうし、そこまで行くと肝試し云々というよりはお宝を隠すことが目的になる。肝試しが目的で忍び込んだのだとしたら、その途中で思いついて、その時にたまたま持っていた何かを隠したんだと思う。


 だからきっと、木の上に隠すとしても、手の届く範囲だと思うし、地面の中だとしても手で掘れる深さなのではないだろうか。


 僕がそう推理すると、大葉君は「ぼっちすげぇ! 『名探偵ドウナン』みたいじゃん!」と目を丸くしていた。いやいや、さすがにあの漫画のキャラほどではないよ。


 でもそうなると、隠したものだってきっと、ポケットの中に納まるサイズのもののはずだ。てことは、のりモンのレアカードの可能性が高いぞ、ということになり、大葉君が俄然やる気になる。


「よし、俺はあっちを探す! ぼっちは向こうな!」

「えぇ……」

「では、私はあちらで水やりをしていますから、くれぐれも危ないことをなさいませんように」


 そう言って、三人がバラバラになると、それを待っていたかのようにべーやんとザエモンが寄って来た。


「坊、あっしらも手伝いましょうかい?」

「ユウ殿の頼みとあらば、拙者も助太刀いたす!」

「助かるよ。……あれ? お松さんは? さっきまでいたのに」

「松代のアネゴでしたら、なんか用事を思い出したって言って、どっか飛んでいっちまいましたぜ」

「用事? 何だろ」

「いやぁ、さすがの拙者も皆目見当が……。いやはや、女子おなごの心というのは、何とも難しいもので」

「そっかぁ。まぁ、仕方ないよね」

「まぁ、用が済んだら戻ってくるでござるよ!」

「アネゴは気まぐれですからねェ」


 うんうんと二人は頷く。

 確かに、お松さんはちょっと気まぐれなところがあって、僕と遊んでいる時でも、たまにふらりといなくなっちゃうんだ。それでまたふらりと戻って来たと思ったら、どこそこの呉服屋さんのタイムセールを思い出したとか言ってさ。幽霊がタイムセールなんて行っても着物なんか買えないのに、ってべーやんとザエモンが笑ったら、


「わかってないねぇ。あの熱気が良いのさ。それにあそこは、その時にしか出さない友禅があったりするんだよ」


 って口を尖らせてた。まったく男共は女心をちぃともわかっちゃいない、なんて三人まとめて叱られたっけ。僕は何も言ってないのに。


 それで、しばらく探してたんだけど、やっぱり見つからない。

 もしかして佐伯先輩の嘘なんじゃない? それかもしくは、もう既に誰かが見つけちゃったとか。


 そう大葉君に言ってみたんだけど、「そんなことはないっ! 佐伯先輩は嘘なんかつかないっ!」の一点張りだ。それに、先輩がここに隠したという話を知っているのは大葉君を含めてごく少数。だけど、その子達は皆ここがお化け屋敷なんて呼ばれているもんだから、怖がって近付こうとしないらしい。それで、幽霊が見える(という設定の)僕に白羽の矢が立った、というわけ。


「見つかりましたか?」


 長岡さんが土のついた軍手を脱ぎながらやって来た。

 

「すみません、それが」


 その反応で、伝わったらしく、「まぁ広い庭ですからね」と笑う。


「どうです、何か冷たいものでも」


 ありがたい申し出ではあるけど、さすがにそこまでしてもらうのは。そう思って断ろうとしたけど、


「良いんすか! やったぁ!」


 大葉君がそう答えてしまった。

 ねぇ、君はさ、もう少し遠慮とか、そういう言葉を知った方が良いと思うよ。


「あざーっす、長岡さん!」


 あとその、言葉遣いとかもさ。「あざっす」は駄目だよ。休み前に担任の田中先生にも注意されたばっかりじゃないか。


 ぶちぶちと小声で文句を言っていると、ガっと肩を組まれた。それで――、


「おい、ぼっちもちゃんと礼くらい言えよな」


 と注意されてしまう。

 嘘でしょ、君がそれを言うわけ?!

 いや、あのね、僕は辞退して帰ろうとしてたっていうか。


「宝地君も、遠慮なく」


 にっこりと微笑まれ、大葉君が「な?」とそれに乗っかる。


「あ、えっと、それじゃ。あの、ありがとうございます」


 ずしりと重い大葉君の腕を肩に乗せたまま、僕はぺこりと頭を下げた。


「ちょうどいただきもののスイカを冷やしていたのです。食べ切るのも大変ですから、助かりました」

「やった! 俺、スイカ大好きっす! な、来て良かっただろ、ぼっち!」

「大葉君、そういうことは言わないんだよ」

「えーっ?! 何でだよぉ」

「何で、って言われるとなぁ……。なんかそういうの目当てで来たみたいじゃん」

「そうか?」

「そうだよ」


 もうほんと、苦手だ。こういうタイプ。


 だけど大葉君の方は僕のそういう気持ちは全然わかってくれないみたい。


 がははと調子よく笑って、僕と肩を組んだまま、長岡さんの後ろをガシガシと歩く。歩くスピードも、歩幅も全く合わない。


 そこでふと彼は思い出したように立ち止まって言った。


「なぁぼっち、お前もさ、俺のこと『オバケン』って呼んで良いぞ」

「え?」

「だって俺ばっかり『ぼっち』ってあだ名で呼ぶの不公平じゃん?」

「別に不公平とか」


 ていうか、僕の『ぼっち』だって別に呼ばれたいわけじゃないし。でもかといって、名前で呼ばれたいかって言われるとなぁ。


「な、決定。俺のことオバケンって呼べよ。もう友達じゃん」

「友達なの?」

「違うのかよぉ! 今日めっちゃ仲良くしてんじゃん俺ら」

「そう、なのかな?」

 

 僕としては全然仲良くしてるつもりなかったけどね?!

 ていうか、だとしたら『ぼっち』ってあだ名もなんか違わない?!


 そう思ったけど、まぁ良いか。


「わかったよ、オバケン君」

「君とかつけんなよなぁ、だっせぇから」


 いや、ダサいとかダサくないとかじゃなくてさ。

 もうちょっと距離は置いていたいっていうか。


 わかってよ、その辺。

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