第13話 丘の上のお屋敷へ

 結局。

 断り切れなかった。

 大葉君の圧に負け、『肝試し』に同行することになってしまったのである。


 といっても、空き家だった時ならまだしも(それももちろん駄目だけど)、人が住んでるところに勝手に忍び込むのは絶対に駄目。


 という僕の必死の説得が効いたのだろう、大葉君は「確かに親にチクられたらまずいしな」と納得してくれた。うーんと、親にチクられたらまずいとかじゃなくてさ。その、人として駄目だと思うんだ。


 それで、堂々とお屋敷を尋ねて、理由を話し、庭を探させてもらえないか、とお願いしてみることにした。全然『肝試し』ではなくなったけど、そもそもの目的が肝を試すんじゃなくて、佐伯先輩のお宝をゲットすることなんだから、問題はないよね。それなら別に僕はいなくても良いんじゃないかと思ったんだけど、大葉君が言うには、


「ぼっちみたいな真面目そうなやつがいた方が絶対オッケーしてもらえる」


 とのことらしい。全く良い迷惑だ。


 早速行こうぜ、と拳を振り上げてご機嫌な大葉君の後ろを歩いていると、僕の周りをふよふよと飛んでいる三人が心配そうに顔を覗き込んできた。


ボン、大丈夫ですかい?」

「ユウがどうしてもってんなら、あたしらが一肌脱ごうか?」

「左様。こう見えても拙者、侍でござる!」


 こう見えても何も、ザエモンはお侍さんにしか見えないよ。


 小声でぼそっと「大丈夫だよ。きっと大葉君も行けば気が済むと思うし」と返す。そう、きっと、行けば気が済むと思うんだ。お屋敷の人の許可が下りればラッキーだけど、もし、断られたとしても、それならそれであきらめがつくんじゃないかな、なんて。


 丘の上のお屋敷は子どもの足で歩いて二十分くらい。一応、僕らの通う小学校の校区だ。この辺りは中学校もたぶん同じのはず。話の流れで知ったのは、どうやら大葉君はこの辺に住んでいるらしいということ。てことは中学も同じなのかぁ。ちょっと嫌だな。


 ちょっとだけユウウツな気持ちで歩き、やっとお屋敷に到着した。二階建ての、とても大きな洋館だ。僕ん家なんかとは比べ物になんないや、と見上げると、二階の窓のところに人がいた。


「レイ?」


 何となく、レイに似てる気がした。

 まさかね、ともう一度見る。その子もこっちを見ているようだ。似てる気がするけど、やっぱり違う。髪の長い女の子だ。レイは男の子だし、第一、幽霊なのだ。他人の空似ってやつだろう。


「おいぼっち、何やってんだよ。ピンポン押すぞ、俺」

「あ、うん。ごめん」


 大葉君の言葉で慌てて視線を二階から一階に戻す。インターフォンを鳴らすと、「どちら様でしょう」という声がした。てっきり用件を伝えるのも大葉君の役目かと思ったが、彼は「ほら、ぼっち」と僕の腕を引っ張ってきた。嘘でしょ。


「えぇと、僕達、入瀬いらせ小学校六年の大葉と宝地といいます。ちょっとお願いがあって来ました」


 緊張しながらもそう言うと「少々お待ちください」と返って来た。よし、とりあえずここで追い返されることはなさそう、とちょっとホッとする。するとすかさず大葉君が「おいっ」と声を荒らげた。

 

「何で学校名まで言うんだよ!」


 学校にチクられたらどうすんだ、と掴みかかられる。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。こういうのは、ちゃんとした方が良いんだって」

「どういうことだよ」

「だって普通に考えたらさ、学校名まで教えたらさ、大葉君が言うように、何かあったら学校に報告されるわけでしょ?」

「おう」

「僕らにしてみれば、それはまずいわけじゃん」

「そりゃそうだよ! だからそんなことを何でわざわざ言うんだ、って」

「だから、逆に言えば、学校に報告されるような悪いことをしに来たわけじゃありません、怪しい者じゃありません、って証明になるっていうか! 刑事ドラマとかでもそうじゃん。ちゃんと警察手帳見せるじゃん。あれと同じだよ!」


 と、必死に説明すると。


「成る程、そういうことか」


 すとん、と納得し、パッと手を離してくれた。カッとなりやすいけど、まぁ素直なのである。


 しばらくして、奥から品の良さそうなおじいさんが出て来た。


「お待たせしました。本日はどういったご用件で」


 ぴしりと背筋が伸びていて、背の高い人だ。漫画で見たことがある『執事』って感じ。


「あの、実は、去年ここ、まだ空き家だったじゃないですか」

「そうですね」

「それで、えっと、僕らの先輩がどうやらここの庭に大事なものを隠したみたいで」

「なんとまぁ」

「ごめんなさい。あの、フホウシンニュウ、とかです、よね?」

「それは……まぁ、そうですねぇ」

「あの、悪いことだって、わかってはいるんですけど、それで、その、出来れば、それを探させてほしくて」

「ふむ……。ちなみにそれは、どういったものなんでしょうか。隠した場所ですとか、それから、隠したものですとか」


 何せここの庭は広いものですから、と言って、庭の方にぐるりと視線をやる。確かに広い。お屋敷もかなり大きいけど、庭の広さも相当だ。


「すみません、実は僕らはそれが何かはわからないんです。でも、先輩がこの庭に隠した、って」


 そう説明するしかないのだ。

 何せ僕らは本当に、それが何なのかわからないのである。おじいさんは、ふーむ、と顎をさすりながら考えた後で、「では」と僕らに提案してきた。


「八月中、という期限付きであれば」

「八月中?」

「実はですね、このお屋敷、九月にはまた空き家に戻る予定なのです」

「えっ、そうなんですか? でも引っ越してきたばかりなのに」

「そうなんですが、家の者の体調が思わしくないものですから」

「そうなんですね。あの、ごめんなさい、そんな時に」

「いえ。大事なものなのでしょう。ですから、八月の間であれば、大丈夫ですよ。まぁ、すぐに見つかるのでしたら、それに越したことはありませんが」

「何とかそれまでには。ていうか、僕らもそこまで時間をかけられませんし。……だよね、大葉君」


 後ろにいる大葉君に確認すると、彼はもういまにも捜索に乗り出したいのだろう、辺りをキョロキョロしながら「おう」と答えた。

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