第9話 あの子と友達になりたい

 望遠鏡でずっと見ていたけれども、実際にその場所へ行くのはかなり大変だった。道がわからないのだ。そこで初めて、どうやらわたしって方向音痴だったみたい、って気付く。だって移動はいつも車だったから。自分の足で(足ではないけど)移動するなんてめったにないんだもん。道なんて覚えられないよ。


 わたしってば身体も弱くて、運動も駄目で、その上方向感覚までないとか、どれだけ情けないんだろう。ふよふよと漂いながら、がくりと肩を落とす。それでもあきらめずに、毎日望遠鏡を覗いて、どこの角を曲がるか、何を目印にするか、って一生懸命覚えた。


 それで毎日、時間になると、窓からびゅんと勢いよく飛び出して、シミュレーション通りにあの空き地を目指す。だけどやっぱりわたしはお化けになっても鈍臭くて、あんなに確認した目印だってあっという間に見失って、すぐに迷子になってしまうのだ。


 どれくらい時間がかかっただろうか。やっと見つけた時には、声をかける前にゆうやけこやけが流れてきてしまったりして。


 だけれども、やっと完璧にルートを覚えて、四時くらいにその場所にたどり着いた時のことだ。


ボン、クラスには好きな女子とかいたりしねェんですかい?」

 

 あのヤクザの下っ端みたいな人が、彼にそう尋ねていた。

 ボン、と呼ばれた彼は「うーん」なんて困った顔をして首を横に振った。


「僕、そういうのよくわかんないや。それに、僕、そもそも友達がいないし、女の子となんて、学校でも全然話したことないんだ。だからきっと、緊張して、恥ずかしくてうまく話せないと思う」

「っかァ~っ。そう来ましたかァ~っ! いやァ、お若いっ! あっしにもそんな時がありやしたなァ~っ!」


 何が楽しいのか、にやにやと嬉しそうにそんなことを言って、彼の背中を叩く。彼は「痛いよべーやん」って言いながら笑ってた。えっ? 痛いの? お化けに叩かれたってすり抜けるだけなんじゃないの? そう思ったけど、お化け仲間も人間の友達もいないわたしには、それを確かめる術がない。


 と、そんなことにびっくりしている場合ではない。


 どうしよう。

 わたし、女だ。

 どこからどう見ても女の子だ。

 女の子のままだったら、あの子とは仲良くなれないかも!


 それで慌てて帰って、作戦を練ることした。

 作戦といっても、ただ単に男の子の振りをして会いに行こうって、それだけなんだけど。

 

 だけど、これが結構大変。

 まずはこの長い髪の毛。

 本の中には髪を伸ばしている男の子って結構いたりするけど、現実にはそんなにたくさんはいない。

 それから、服装。

 幽体離脱で剥がれる魂は、基本的にその時の自分の姿が反映される。だから、こんなひらひらのスカート姿では絶対に駄目だ。


 じゃあ、どうする。


 髪の毛を男の子みたいに短くしたいって酒井さんに言ったら、大反対されちゃった。男の子みたいになんて、絶対に駄目です、って。お嬢様は髪が長い方がお似合いですよ、って。そんなの切ってみないとわからないのに。


 仕方ないので、康太の帽子をかぶってごまかすことにした。後ろで髪をまとめて、帽子の中に全部入れちゃうのだ。確かここの地元のサッカークラブチームの帽子だったと思う。仁王立ちしている白熊のワッペンが縫い付けられている。


 それから服。

 本当は、今年の夏休み、康太はこっちで過ごすはずだった。帽子も服もそのために酒井さんが用意したものだ。だけど結局、塾の講習だったり、友達と予定があるといって来られなくなったのである。二歳年下の弟の康太の服がわたしにちょうど良いなんてしゃくだけど、それでも助かった。靴だけはどうしようもなくてわたしのローファーしかないけど、でもローファーは男女共通のはずだし、大丈夫だよね。


 よし、今度こそ完璧!


 鏡の前でチェックして、いざ! とベッドに横になる。もう幽体離脱なんて慣れっこだ。目を閉じて、十数えたら、ほら、するーり。


 ちゃんと男の子の恰好のまま、無事に私は『お化け』になれた。大成功! 心配だったのは、風で帽子が飛んでったらどうしよう、ってこと。だから、ぎゅっと深く被ることにした。


 さぁ、早速!

 と思ったけど、あともうちょっとでゆうやけこやけが鳴る時間だ。仕方ないから、また明日。明日こそ、あの男の子に会いに行こう。

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