第8話 わたしの新しい夢

 その男の子と一緒にいるお化けは三人。お化けも『人』って数えるのかな?


 一人は、頬に大きな傷のある、ヤクザの下っ端みたいな人。

 胸の辺りにナイフが刺さっていて、血が噴水みたいにぴゅーって吹き出してる。派手な色のシャツをだらしなく着ていて、がに股でガシガシ歩くのがちょっと面白い。最初は怖い人かと思ったけど、何だかそうでもなさそう。いつもその男の子と一緒に遊んでいて、大きな口を開けて笑っている。


 もう一人は、着物を着たお姉さん。

 真っ青な顔に、真っ赤な口紅が何だか鮮やかだ。顔色はとても悪いけど、すごく美人。その男の子にも優しく接していて、わたしにもあんなお姉さんがいたらな、なんて思っちゃう。


 それから最後は、お侍さん。だと思う。落ち武者っていうのかな。

 ちょっとぼろぼろの甲冑を身に着けていて、兜はかぶっていない。その頭にぐっさりと折れた矢が刺さっていて、首もかくんと曲がっている。


 最初はすっごくびっくりした。

 変な大人が小学生につきまとってる! って。だってまさか自分にお化けが見えるなんて思わなかったから。だから、変な人がいますって警察に電話したりもしたけど、その三人の特徴を話したら、いたずら電話は駄目だよって逆に怒られちゃった。


 でも、観察していてわかった。

 彼らは、生きてる人間じゃない、って。

 だって三人とも、空をふよふよと飛んでいるのだ。よくわからないけど、どうやらあの男の子はお化けと友達みたい。そこで気付いた。わたしってお化けが見えるんだ、って。


 わたしは、お化けが出て来るような小説も読むから、お化けの怖さもよく知ってるつもりだ。どうしよう、あの男の子はきっと、お化けに取り憑かれていて、近いうちに死んでしまうのかもしれない。そう思ったら、すごく悲しくなって、長岡さんに霊媒師の先生を呼んでもらえないか、ってお願いしたりもしたんだけど、信じてもらえなかった。


 わたしがもしこの家から出られて、自分の足で彼を助けに行けたら。


 そんなことも考えたけど、残念ながら、きっとそれが一番現実味がない。望遠鏡で見る景色はとても近く見えるけれど、実際はとても遠い。庭をぐるっと歩くだけで疲れ切ってしまうわたしが行けるような場所ではないのだ。


 わたしに出来ることなんてきっと何もないんだ。

 だけど、長岡さんにまたお願いしたらもしかしたら動いてくれるかも。そう思って、彼のことを毎日観察することにした。明らかに変化があったら、きっと長岡さんも力を貸してくれるはず。そう思って。


 だけど、おかしいのである。

 

 その男の子は毎日元気いっぱいなのだ。

 学校が終わると一目散に下校し、彼らに会いに行くのである。それで、ゆうやけこやけが流れる時間まで彼らと遊んでいるのだ。


 もしかして、悪いお化けじゃないのかも。

 もしかして、あの男の子の友達だったりして。

 

 そう考えたら、ますます彼らから目が離せなくなった。

 学校に通っているところを見るに、あの男の子が人間であるのは間違いなさそう。お化けしか友達がいないのかも。すごいな、お化けと仲良くなれるなんて。


 お化けと仲良くなれるなら、わたしとも仲良くなってくれないかな?


 でもわたしはここから出られない。あぁ、わたしもお化けだったらな。そしたらひゅーんって飛んで行って、彼らと遊べるのに。一緒に遊べたらな。


 そんな風に考えていたある日。

 夢の中で彼らに会えた。わたしは夢の中でお化けになっていたのである。足がうっすら透けてて、自由自在に空を飛べるのだ。自分の足で走り回る夢も楽しいけど、空を飛べるのもとっても楽しい! 


 だけど、朝起きるとやっぱりちょっとがっかり。

 現実のわたしは、ずっとベッドの上で、話し相手といえば長岡さんと酒井さんだけ。その二人だって自分達の仕事があるから、わたしにつきっきりってわけにはいかない。たまに家に電話をすることもあるけど、康太はわたしと話すのを面倒がってるし、パパは忙しい。わたし、そろそろ自分の声も忘れちゃいそう。


 良いなぁ、お化け。

 わたしもお化けになりたいなぁ。

 

 そこでふと思い出した。

 昔読んだ本の中に、お化けになる方法みたいなのが載ってた気がする。お化けになる、っていうか、『幽体離脱ゆうたいりだつ』っていって、身体から『魂』だけをがすやつなんだけど、この体験をしたことがある人って結構いるんだって。じゃあ、もしかしたらわたしも出来るかも! だってお化けが見えちゃうんだもん。そういう才能があるのかもしれないし!


 それから毎日、幽体離脱の練習をした。

 といっても、本に書いてあるのを真似しただけ。

 その本もちゃんとした専門書とかじゃないから、もしかしたらやり方も間違ってたかもしれないけど。


 それでも、一週間くらい毎日練習してみた結果。


 ふわ、っと身体が浮き上がったのだ。

 びっくりして後ろを見れば、ベッドの上で目をつぶったままの自分がいる。まるで死んでいるように見えて、慌てて手を伸ばす。すると、わたしの魂は、身体に吸い込まれるようにして中に入っていった。成る程、こうやって戻れば良いんだ!


 戻り方さえわかればこっちのものだ。

 

 わたしはそれから、おやつを食べ終えた後の三時半からゆうやけこやけの鳴る五時までと決めて、お化けになることにした。長岡さんと酒井さんには、この時間は集中して勉強をしたいから、何があっても部屋に入らないで、とお願いをして。長岡さんはもちろんだけど、酒井さんはわたしが部屋の中でおとなしくしている分には何の文句もないみたいで、しっかりお勉強なさってくださいね、なんて優しい言葉をかけてくれた。


 準備はばっちりだ。


 よし、あの男の子に会いに行こう。

 それで、わたしも友達になってもらうんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る