わたしの話
第7話 わたしの毎日の暮らし
わたしが住んでいるのは、この街の高台にあるお屋敷だ。わたしは、生まれつき身体が弱くて、いろんなお医者様に診てもらったけれど、なかなか良くならない。それで、環境が悪いのでは、ということになり、空気のきれいなところに引っ越すことになったのだ。それが去年のこと。
だけど、家から来たのはわたしと、
ころころと転院していたから、友達なんか出来るわけもなく、それに、あまり刺激の強いものは良くないと言われて、テレビやゲームもなし。わたしの世界は、いつだってベッドの上。いつもベッドの上にいて、静かに本を読んだり、勉強したり、窓の外を眺めたりして過ごしてる。天気の良い日は庭に出たりもするけど、すぐ疲れちゃう。疲れるとすぐに熱が出ちゃうから、酒井さんは私が外に出るのをあまりよく思ってないみたい。
だけど長岡さんは違う。
本当は他の子みたいに、外で元気に遊んでほしいんだって。家に閉じこもっていないで、外に出て、陽の光を浴びて、たくさん身体を動かした方が良いんだって。お医者様もそうおっしゃってるって言ってた。だけど、外の世界は刺激が強すぎるのだ。太陽の光はまぶしすぎるし、陽に当たると肌がじりじりして痛い。走り回るなんてもってのほかだよ。倒れちゃうかも!
実際、長岡さんと一緒に散歩に出掛けた日には大抵、夜になると熱が出てしまう。それで酒井さんがあわあわと氷枕や薬を用意したりする羽目になるのだ。そのせいで、長岡さんが酒井さんにものすごく怒られていたのを見たことがある。
「余計なことをしてあたしの仕事を増やさないでもらえます?!」
酒井さんが、真っ赤な顔で長岡さんを怒鳴りつける。
「お嬢様はね、お部屋の中で安静にしていたら良いんです!」
「ですが、
「だとしても! 現にお嬢様は倒れてるじゃありませんか!」
外の風に当たるのは気持ちが良いし、本当はわたしだって、出来ることなら外で思いきり走り回ったり、年の近い友達を作って遊びたい。
でも、毎日あれこれ世話を焼いてくれる酒井さんにこれ以上迷惑はかけたくない。いつも優しい長岡さんが怒られているのを見るのだって嫌だ。だからわたしはずっと部屋に閉じこもって、大人しく本を読んだり、窓の外を眺めたりするのだ。
そんなある日のこと、長岡さんが良いものを持って来てくれた。
「
望遠鏡だった。
「これならもっと遠くまで見ることが出来ますからね。少しは気も紛れるかと」
「ありがとう、長岡さん」
「酒井さんもきっと、お嬢様がもう少し元気になったら、外へ出ることも許可してくれるはずです」
「そうかなぁ」
「そうですとも! ですから、まずはこの屋敷の中でも少しずつ身体を動かして、それからお食事ももう少したくさん食べられるようにして」
「わ、わかった……」
もらったばかりの望遠鏡をキュッと握ってそう返す。頭ではわかってることばかりだ。家の中だけでもたくさん歩いた方が良いだろうし、動けばきっとお腹も空くだろう。そして、その分たくさん食べるのだ。そしたらまた歩く元気が湧いてきて、それで、と。
だけど、わたしが屋敷内をウロウロするだけでも酒井さんに見つかったら怒られるんじゃないかと、それが気になってしまう。前に一度、廊下で倒れたことがあるからだ。あの時はただ単に足がもつれて転んだだけだったんだけど、酒井さんはわたしがめまいを起こしたんだと思ったらしい。慌てて抱きかかえて、あっという間にベッドに戻されちゃった。
だからもう、わたしはこの部屋からなるべく出ないようにしないといけないんだと思ってた。
だけど、望遠鏡をもらった日から、毎日が少しだけ楽しくなった。相変わらずベッドの上だけど、いままでには見えなかったうんと遠くの景色も見られるようになった。
最近のお気に入りは、自分と年の近い子達が遊んでるのを見ること。丘の下に、籍だけは置いてる小学校があって、生徒達がグラウンドで走り回るところが見えるのだ。皆が一斉に走る様子や、ボールを蹴るところを見ると、あの中に入れないことをもどかしく思ったりするけれど。
でも、本ではなく、自分の目で見た日には、夢の中でそれが出来るのだ。夢の中のわたしは、疲れることも、息切れすることもなく、男子にだって負けないくらいの速さで走れるのである。ボールを蹴れば、それは弾丸のようなスピードで遠く遠くに飛んでいく。最高に気分が良い!
目が覚めると、夢との落差でちょっとがっかりするけど、それでも、本ばかり読んでいた時よりも、ずっとずっと楽しい夢を見ることが出来る。いまはそれが密かな楽しみ。だから、楽しい夢を見るために、わたしは日中はずっと望遠鏡を覗いている。
そんなある日。
それは、ちょっと身体の調子が悪くて、学校がある時間には起き上がることが出来なかった時のことだ。やっと気分が良くなって身体を起こしたけど、既に下校時間は過ぎてて、グラウンドには誰もいなかった。
しょんぼりして望遠鏡を片付けようかと少し向きを変えた時だった。
「えっ?!」
わたしと同じくらいの男の子が、お化けと一緒に歩いているのが見えたのである。
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