第6話 僕の不思議な友達

 レイが「そろそろ帰らなくちゃ」と言ったのは、夕方五時のことだった。『ゆうやけこやけ』が流れて来て、それで、思い出したようにそう言ったのである。


 僕は「あれ?」と思った。


 僕が出会った幽霊達は、皆、『帰る』なんて言わない。

 そりゃあ家族がまだ生きてたり、家が残っているなら、帰ったりはするのだろう。そういう意味ではべーやんには帰る家はある。だけど、いまは弟さんの家になってるみたいで、帰ってもな、って言ってた。でも、そうか、レイにはまだ帰る家があるんだもんな。


 だけどレイの顔が何だか寂しそうに見えたから、「僕、家まで送ろうか?」なんて提案してみた。これも変な話だよね。だって、幽霊のレイは一人で帰ったって危険なことなんてない。漫画の世界じゃあるまいし、突然現れた霊媒師に「悪霊退散~」なんてされたりしないのだ。


 レイは「大丈夫だよ。一人で帰れる」とにっこりと笑って、


「それに、ボクの家、ちょっと遠いんだ。ユウが帰るの遅くなっちゃう」


 と、ずっと向こうを指差した。


「あぁ、そっか」


 レイは飛んで行けるけど、僕はテクテク歩くしかない。


「ユウの家の人、怒るとおっかない?」

「うん、お母さんなんかすっごい怖いよ。こないだも――」

「その話、明日聞かせてよ。ねぇ、学校は何時に終わるの?」

「えっとね、三時半くらいかな。歩いて帰って――だから、ここに着くのは四時ちょっと前くらい」

「わかった。じゃあさ、ボク、それくらいになったらここで待ってる」

「わかった。じゃあね」


 そう言うと、レイの姿は、ふ、と消えた。

 なんたって幽霊だからね。そういうことも出来るんだろう。ただ僕は、べーやん達がそうやって移動したところは見たことがない。みんなは僕に合わせてふよふよと浮かびながらついて来てくれるから。


 だから、レイが消えた時、すごくびっくりした。


 ねぇ、これってもしかして、成仏したとかだったりしない? いや、それはそれでレイにとっては良いことだと思うんだけど、僕はちょっと寂しいな。だってせっかく出来た友達だから。


 なんて心配したけど、その次の日、約束通りにレイはここにいた。僕が来るのを、「遅ーい」なんて笑って言いながら待っててくれたのである。


 それで、僕はごめんごめん、って言って、昨日と同じように店に走った。今日は何のおもちゃにしようかな。店の中にどんなおもちゃがあったっけ、レイが出来そうなやつはどれだろ、と考える。店の中であれこれ迷っていたら遊ぶ時間がなくなっちゃうから。


 これだ、と決めて急いでシャッターを開ける。


「じゃ、行ってくるね」


 いつものようにしゃがみ歩きで中に入り、外にいるレイに向かってそう声をかけた時だった。


「ねぇ、ボクも入って良い?」


 そう尋ねるや、僕の返事を待たずにレイもしゃがみ歩きで(実際は歩いてじゃなくて、すぅ、と滑るようにだったけど)中に入って来た。


 電気をパチンとつける。レイは店の中をぐるりと見回して目をキラキラと輝かせた。


「わぁ、すごーい! 壁一面におもちゃがいっぱい!」

「やったことあるやつとか、あったりする?」

 

 そう尋ねると、レイはふるふると首を横に振った。


「トランプとか、オセロとか、将棋はどう?」


 これくらいならあるだろう、と思うものを挙げてみるけど、やっぱり首を振る。


「すごろくとか、福笑いとか、かるたとか、花札とか」


 お正月に親戚が集まってやりそうなやつも挙げてみた。

 だけど、それも駄目だった。


「本で読んだことはあるよ。だから、なんとなくやり方は知ってる」

「そうなんだ」

 

 じゃあさ、今日はそういうのにしない? そう提案すると、レイは一層瞳を輝かせた。


「今日は風もないしさ、レジャーシート広げて、その上でやるとか!」

「それ良いね、楽しみ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶレイを見ていると、こっちまでわくわくしてくる。僕は、トランプとオセロと将棋とすごろくと福笑いと花札とかるたを脇に積んであるかごの中に入れた。全部は出来ないかもしれないけど。


「ねぇレイ」

「なぁに?」

「その、今日も宿題教えてもらって良いかな。あの、わかんないとこだけで良いんだけど」


 恐る恐るそう尋ねる。

 レイに教えてもらった方が早く終わるし、それに、びっくりしたけど、なんと全問正解だったのだ。レイってもしかして天才だったりする? ってびっくりしちゃった。


 するとレイは、驚いたように目を丸くしたけど、すぐに、にぃー、とそれを細めて笑った。


「良いよ。これからも教えてあげる。その代わり、ユウはボクに色んな遊びを教えて」

 

 交換条件! と言って、手を差し出し、僕に触れてくる。そのヒヤッとした手をぎゅっと握って「任せて!」と返すと、レイもそれをぶんぶんと振ってきた。


「やった! それじゃもう先に終わらせちゃお! それで、たくさん遊ぶの! どう?」

「わかった!」


 その日から僕は、最初に宿題をパパっと終わらせてからレイと遊ぶようになった。宿題が早く終わるとそれだけたくさん遊べるのだ。しかも、ちょっとだけだけど成績も上がった。それを喜んだお母さんに、レイのことを話した。幽霊だってことは伏せたけど、とっても頭の良い友達が出来て、勉強を教えてもらってるんだ、って。


 そしたら、「あらっ、それは良いお友達が出来たわね。今度お家に連れて来て、お母さんにも紹介して」なんて言われたけど、さすがに無理だよ。だってお母さんには見えないんだもん。だから、とっても恥ずかしがり屋の子だから、また今度ね、なんてはぐらかしたりして。


 でも、うん、本当に良い友達なんだ。

 そういえばこんなに年の近い友達は初めてかも。


 だけどきっと、僕とレイの年の差はこれからどんどん開いていく。そのことを考えると、胸がちょっとぎゅっとする。

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