第5話 僕の苦手なもの

 それから――、


 べーやん達はレイを取り囲んで、「わけェのに病気だなんてよォ」、「辛かったねぇ」、「これからは拙者達と楽しく暮らすでござるよ!」とおいおいと泣いた。


 レイはちょっとびっくりした顔をしていたけど、三人の涙がうつったのだろう、何でか泣いてた。つられて僕も泣きそうになる。


 だけどいつまでもそうしてたら遊ぶ時間がなくなっちゃう。だから、仕切り直しとばかりに『青ひげ危機一発』の前に集まった。箱から中身を取り出すと、レイは不思議そうに首を傾げる。


「これ、どうやって遊ぶの?」

「見たことない? 聞いたこととか。これ、結構有名なおもちゃなんだけど」

「ううん、全然知らないんだ。ボク、テレビとかも全然見させてもらえなくって」

「そうなんだ」

「なんか、ごめんね」

「ううん、良いんだよ。気にしないで。大丈夫、知ってても実際にやったことがない子なんてざらにいるし、何も知らない方が新鮮できっと楽しいよ。遊び方は簡単、順番にこの鍵を好きな鍵穴にしていけば良いんだ。こうやって――」


 そう説明して、実際に鍵を一本適当な鍵穴に挿してみる。 


 すると――、


「うわぁっ!?」

「ひゃぁっ!」


 まさかの一発大当たりである。

 

 お城のてっぺんに埋め込まれていた青ひげがぴょーんと勢いよく飛び出したのだ。思った以上に高く飛び上がった青ひげは、べーやんのおでこの辺りをスカッと通り抜けて、ザエモンにキャッチされた。さっきも言ったけど、幽霊達は掴めるからね。


 それで、僕とレイはびっくりしすぎてしばらく笑ってた。


「ユウ、すごいね。一発だった!」

「びっくりしたよ。まさかあんなに飛ぶなんてさ。でも、やり方はわかったよね? それじゃ今度は皆でやろう!」


 わらわらと皆が集まってくる。べーやんとザエモンは鍵を挿す度に「生命タマ取ったりィ!」とか、「あいやお命頂戴ィ! ええい、覚悟ォ!」とうるさい。それをお松さんが「男共はイチイチ騒がしいねぇ」と喉をクツクツ鳴らして笑うのだ。レイもずっと笑ってた。ただ順番に鍵を鍵穴に挿すっていうシンプルなゲームだけど、気に入ってくれたらしい。複雑なテレビゲームも面白いけど、こういうアナログゲームはシンプルなのが良いんだ。勝ち負けもはっきりしてて良い。


 何度もそれで遊んでいると、あっという間に時間が過ぎてしまう。そこで僕は思い出したのだ、宿題の存在を。


「いけない! 宿題しないと!」


 慌ててその辺に放り投げているランドセルに視線を移す。

 当然だけれど、それは僕が放り投げた恰好のまま、ぐで、っと天を仰いでいる。さんさんと日光を浴びて、つやつやと光っていた。


「宿題? やってないの?」


 レイが首を傾げる。

 うう、レイは良いよな、もう宿題なんてしなくて良いんだもん。なんてことは言ってはいけない。僕にとっては宿題なんてユウウツすぎるやつだけど、それは僕が生きているから出来ることなのだ。レイだって、そりゃあ宿題は好きじゃなかっただろうけど、それでもきっと生きてる方が良いはずだ。生きてるって、楽しいことばかりじゃない。嫌なことももちろんある。けどきっと、楽しいことの方がそれより多い。だから僕は生きてる方が良い。


「やってないんだ。いつも、このタイミングでやってる。やだなぁ、今日の宿題、算数なんだよ」

「ユウは算数苦手なの?」

「苦手。計算だけならまぁまぁなんとかなるんだけど、文章問題なんてちんぷんかんぷんだよ」

「そうなんだ。……ちょっと見せて」

「え? 良いけど」


 指定されているドリルのページを開いて見せる。このドリルに直接書き込むのではなく、問題をまるっきりノートに写して、それを解かなくてはならないのだ。それも面倒くさい。良いじゃん、ドリルに直接書き込めばさぁ。


 ぶぅぶぅと口を尖らせていると、レイが「これはね」と解説を始めた。


「え、レイ、わかるの? もしかして、算数得意だったりする?」

「算数っていうか、うん、勉強は割と好き、かな」

「ほんと!? すっごい! 僕、勉強好きとか思ったことない!」

「そうなの? でも、新しいことを知るのって楽しくない?」

「そう言われたら、そうかもだけど。でも少なくとも算数には思わないかな。せめて理科とかだったらさー、実験は楽しいな、って思うけど」


 理科の実験は楽しい。

 花や昆虫の観察も楽しい。

 そういえばこないだの理科でさ、なんて話をした時だった。


 レイの顔が曇った。

 それで、ぽつりと言ったんだ。


「ボク、学校行けてなくて。家に家庭教師の先生が来てくれて、それで勉強してたんだ」

「あ……。ご、ごめん、僕」


 レイは僕の顔を見て、しょんぼりと眉を下げた。それにつられて僕もしょんぼりした気持ちになる。


「良いんだ。ユウは気にしないで。それより、ほら、早く終わらせよ? ボク、早く遊びたい!」

「そ、そうだね!」


 その日の宿題はいつもよりも早く終わった。

 断じて、答えを教えてもらったわけじゃない。

 解き方を教えてもらっただけだ。だから、うん、これはセーフ。だよね?

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