第4話 僕の友達の死因

「おやおやおやァ? ボン、そちらのお方はどなたで?」

「新しいお仲間かい?」

わっぱよ、そなたの名は何ぞ?」


 僕がレイと一緒に空き地に行くと、既に集まってたべーやん達がウキウキしながら近付いて来る。三人の勢いに圧倒されながらも、レイは、もそもそと自己紹介をした。僕は先に聞いているけど、名前は『レイ』。年はなんとびっくり、僕とおんなじ小学六年生なんだって。僕はもう誕生日が来たから十二歳だけど、レイの誕生日は九月だから、まだ十一歳。ゆっくりとそう話してくれた時、皆の表情が一斉に曇った。


 わかるよ。

 僕も同じこと考えた。


 レイはこの先もずーっと『十一歳』なんだよね。

 僕との年の差はこれからどんどん大きくなるだろう。

 皆、そう考えているに違いない。


「それで、レイはどうしてその姿になったんで?」


 べーやんがへらへらしながらそう尋ねる。何があって幽霊になったのかを聞くのは、幽霊同士のあいさつみたいなものらしい。


「しまった、名乗るのが遅れちまいましたね。あっしは木部きべ雅治まさじ。『べーやん』って呼んでくだせェ。あっしは若気の至りってェやつでこのザマでさァ。ナイフをな、こう――」


 べーやんが、胸に刺さりっぱなしのナイフを抜き取って、それをくるくると回し出すと、レイは物珍し気にそれをじっと目で追う。


「そしたら、それが滑って、ここにグサー! ってェわけでさァ!」


 ひときわ明るくそう言って、ナイフを元のところに戻す。そう、もともと刺さってた、左胸のところに、だ。大丈夫、痛くなんかないからね。


「あたしあたし、お次はあたしだよ。あたしは松代まつよっていうの。『お松さん』って呼んでねぇ」


 次はお松さんだ。

 幽霊の中には、こうやって自分の死因を語りたい人もいるみたいなんだ。特にこの三人はそれが強い。


「レイはお餅が好きかい?」

「うーん、あんまり食べたことないので、好きでも嫌いでもないです」

「アラッ、そいつぁ残念だ。あたしゃお餅に目がなくってねぇ。忘れもしないよ。あれはあたしが十九の時分さ。嫁ぎ先でね、家族が出掛けた隙に隠してたお餅をこっそり食べてたんだ。そしたら喉に詰まらせちまったってぇわけさ」

「それで死んじゃったんですか?」

「そういうことよ。ホッホ」

「わぁ……」


 レイは目をまん丸くして驚いている。

 そこへ――、


「次は拙者の番でござるな!」

「ひゃあ!」


 首がぽっきりと曲がり、頭に矢まで刺さった落ち武者の登場である。いや、さっきからここにいたけど。だけど、目の前ににゅっと現れたらそんな声も出ちゃうよね。


「拙者の名は大原おおはら清左衛門せいざえもん。『ザエモン』と呼んでほしいでござる」

「お侍さんですか?」

「いかにも! 拙者は大きな城に仕えていた武士にござる。しかし、ある月の綺麗な夜のことでござった。仕えていた城が落ちたのでござる! 四方八方を敵に囲まれ、あわや絶体絶命ィィィィ!」

「ぜ、絶体絶命……!」


 レイがごくり、と唾を飲む。

 その様子にザエモンはちょっと気を良くしたようだ。ザエモンは自分の話を聞いてくれる人が好きなのだ。


「そ、それでそれで……?!」


 レイが前のめりになって続きを促す。もしかしてこういう話が好きなのかな。


「うむ。それで、だ。拙者は逃げた」

「に、逃げたんですか? その、敵と戦ってお亡くなりになったわけではないんですか?」

「そうだ! 拙者は逃げた! 思いっきり敵に背中を向けて逃げたァ!」

「えぇ……」


 あっ、引いてる。

 レイが引いてる。

 ドン引きだ。

 そうだよね。


 僕だってお侍さんってなんかもっと違うと思ってた。仕えていたお城が攻め落とされたとしても、最後の最後まで戦うものだと思ってた。だけどザエモンは「命さえ残っていれば、どうとでもなる」といって逃げたのである。それで無事に逃げおおせたというならまだ良いんだけど――、


「で、逃げてる途中で、石段から足を踏み外して転げ落ち、首の骨を折ったのでござる!」


 これだもんなぁ。


「えぇっ?! じゃ、じゃあその頭の矢は……?」


 もっともな疑問だろう。

 何せザエモンの頭にはぶっすりと矢が刺さっているのだ。どこからどう見てもこっちの方が死因っぽい。


「これは、気付いたら刺さっていたのでござる」

「気付いたら、って。普通刺さった時に気付きますよね?!」

「いやぁ~、逃げるのに必死で!」


 カカカ、とザエモンが天を仰いで大笑いする。レイはきょとんとしている。うん、わかるよ。僕も最初に聞いた時は同じ反応だった。


「い、色んな人がいるんですね」

「そりゃァそうでさァ」

「そっちの方が面白いだろ?」

「左様! 十人十色でござるな!」


 三人が肩を組んで愉快愉快と左右に揺れる。生まれた時代も死因も全く違う三人だけど、本当に仲良しなのだ。


 して、レイ殿の死因は? とザエモンが再び尋ねると、レイは、


「ボクは、えっと、その、病気で」


 ともじもじと答えた。


 そうか、レイは病気だったんだ。

 まだ十一歳なのに、病気で死んじゃったんだ。

 

 僕のような幽霊が見える人は、幽霊と接する時に気をつけないといけないことがある。それは、絶対に「可哀想」って同情しちゃいけないってこと。ちょっとくらいなら良いけど、強くそう思ってしまったら、変に気に入られたりして、仲間に引きずり込まれてしまうこともあるからだ。幽霊と僕は友達だけれど、住んでいる世界が違うということだけは忘れちゃいけないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る