第5話 キタナキリヤと不思議な少女

「そやつは我らにおいても重要だ……返してもらうぞ」

「まったくもう、扉を壊すなんてお行儀が悪いのではなくって?オーダ様」

「私はお前のことを知らないが、人のことを言えた口ではないだろう、お前は?」

「初対面で随分なことをおっしゃるのね。失礼な方……伝説の魔法使いが聞いて呆れるわ」

斬也を放置して煽り合う2人に呆れながらも、小さな影、シーサは今にも電撃でも起こりそうな空気に気圧されていた。

気絶してしまおうかとも考えたが、気絶者が増えてしまっては元も子もないので、我慢……しつつ、ぐったりとした斬也を回収した。

「あら、キリヤさまを取られてしまってはどうしようもありません……今回は退かせていただきますわ。いずれまた貴方がたの前に現れるでしょう……それではごきげんよう」

片足を後ろに下げ、優雅にお辞儀をすると、ストレアは闇の中に消えていった。

オーダは斬也の首根っこをひっつかみ、呆れた顔で見つめる。

「まったく、1人だけで敵地に突っ込むとは……」

「でも、そういうふうに焚き付けたのはオーダさんでは?」

「む、それはそうだが、私はともに戦う前提でだな。実戦を通して、魔法の使い方を教えるつもりで……」

「え、この方魔法の使い方知らないんですか……」

「うむ、実は私は教えることは下手でな……実戦を通してやるしかないんだよ」

斬也の首根っこを片手に、困ったように笑うオーダは、少し寂しそうに見えた。

「ふむ、それなら私が教えましょうか?オーダさんほどではなくとも、魔法の扱いには慣れてますし」

「それは正直、助かるな。私が教えても、変なクセがついてしまいそうだ」

「ん……ぐぅ」

「おっと、キリヤが魘されている。起こす前に回復してやってくれ」


数刻後。目を覚ました斬也は、ストレアが去ったことを教えられる。またも力不足を突きつけられた斬也は、顔を歪めた。

「いや、突っ走っちゃって、申し訳ない」

「まあ、仕方ないですよ!まだ、に慣れてらっしゃらないようですし!」

「だがまあ、もうすこし警戒心は持ってくれよ……さすがの私でも、守りきれんからな」

「すみませんでしたぁ!」

「と、ともあれ。魔法の使い方に関してはオーダさんでなく私が教えることになったので!元気になったら訓練を始めましょうね」

シーサは、ベッドにおでこを擦り付ける斬也に苦笑しつつ、無理やり話題を変えた。

すると、斬也は勢いよく顔を上げる。

「え!それじゃあすぐにでも始めたい!もう元気だし!」

「そうですか?それなら始めちゃいましょうか」

こうして斬也の修行は再びはじまった。


「戦闘スタイルは人によって様々です。キリヤさんのように拳に纏わせたり、武器に纏わせたり、魔法そのもので戦ったり。でも、どれでも魔法の使い方は変わりません。」

「ふむ」

「多くの創作物でもそうされていますが、魔法はイメージです。頭のなかで、こういう風に扱いたい、といったふうに思い描くことで、思った通りに操ることが可能になります。多くの魔法使いがを唱えるのは、よりイメージをハッキリさせるためですね」

「じゃあ、あれは直接的な意味は無いんだな」

「ええ。魔法というのはそもそも戦うためだけのものではありませんから。エネルギーや資源、灯りとなって、私たち人間の文化の発展は、すべて魔法のおかげです」

「え?」

「それに対して魔族たちが扱う闇魔法は戦闘に特化したものですから、魔族たちの生活はすこし苦しそうにも見えます……もしかしたらそのあたりに、戦争の原因があるのかもしれませんね」

「……」

「おっと、学校の授業みたいになっちゃいましたね。まあ、このように結構簡単なので、1回やってみてください。そこの訓練用マネキン相手に……」

こくりと頷き、マネキンの前に立つ。

そして、イメージする……身体に光を纏わせ、神速でマネキンに攻撃を入れるところを。

すると、斬也のお腹の少し上あたりに何かが溜まっていくのを感じた。

そして、イメージ通りに斬也は体を動かした。

「光魔法……えっと、こ、『光拳こうけん』!!」

斬也の体はあっという間にマネキンの懐に潜り、その拳が鳩尾を抉った。

マネキンは数メートル吹っ飛んだ後、金属製の軸を残して崩れた。

「で……できた!」

「な、なんと……一発で成功させるとは、流石は光使いさま!技の名前はダサいけど!」

「だ、ダサいとか言うな!急遽考えたんだから仕方ないだろ!」

「あはは……そういえば、貴方たちはなんのためにこの街へ?魔法の使い方を覚えるためではないですよね」

「あ!忘れてた。俺たち、回復役ヒーラーを探しにきたんだよ」

そんな斬也の言葉に、ハッとしたように顎に手を当てるシーサ。しばらく考え込んだのち、

「急ですみませんが、用事が出来たのでちょっと失礼しますね」

と言って、走り去ってしまった。

「お、おう」

残された斬也は、虚しく返事をすることしか出来なかった。


「そういえば、回復役ヒーラーを仲間にしたいんだったな。すっかり忘れていた」

「短期間に色々起きたもんなぁ」

突然予定がなくなってしまった2人は、のんびりと談笑していた。教会のスタッフが出したお茶やお菓子を囲んで、優雅な時間を過ごす。

そこに、街に来た初日以来姿を見ていなかった光父、ローファがやってきた。

「キリヤさま、オーダさま。今、お時間よろしいでしょうか」

「うん、のんびりしてただけだし」

「シーサから聞きましたが、どうやら回復役ヒーラーを探していらっしゃるとか……」

「そうだな、この先きっと必要になってくるだろう」

「そこで、うちのシーサを回復役ヒーラーとして連れて行っては頂けませんか?あの子の回復能力はもはや一流、損はさせないと誓いましょう」

「シーサが良いなら、俺たちは構わないよ。なあオーダ?」

「うむ、彼女の魔法は私からみても素晴らしいものだったからな」

オーダが頷くと、ローファの後ろからシーサが出てくる。そして、すこし縮こまったように

「それじゃあ、よろしくお願いします!」

と、いつもより小さな声で言い放った。


ストレアを追い払った報酬を受け取ったのち、斬也ら三人はヘクトを後にした。

「……さて、次はどこを目指す?」

「うむ、そうだな……物資を整えるためにも、王国を目指すとしようか」

「ですね、光父さまから軍資金もいくらか頂けましたし、良い道具を買えるかも!」

王国──カーム王国。魔の領域にほど近い、現存するなかで最大の人間の居住地であり、魔族との戦争の最前線である。

魔の領域に近いだけあり、王国騎士団は強者揃い、世界最強とも謳われる。また、王家の人間も剣術に長けているという。

「カーム王国ならば、魔族に関わる新たな情報も得られよう。さあキリヤ、東に向かうぞ」

「りょーかい!んじゃ、出発!」

そうして斬也たちは再び歩き出した。

その道中は実に平和で、たまに魔物に出遭う程度のものだった。

そして、そんなある夜のこと。斬也たちは、小さな池のほとりで野宿の準備をしていた。

「せっかく綺麗な池にいるんだし、女子たちは先に水浴びでもしてきなよ。あせもになるぞ〜」

「そうさせてもらおう。さぁシーサ、行こうか」

斬也の言葉に甘えたオーダが、シーサに向き直る。すると、シーサは慌てて首を振った。

「あっ……私は、いいです!」

「なぜ?私と2人きりは嫌だったか?」

すこしシュンとしたオーダに、シーサはさらに慌てる。

「ち、違うんです。その、今そういう気分じゃなくて……あとでひとりで入りますので、ご心配なく!」

「そうか……ならば仕方ない、先に行かせてもらうぞ」

「てら〜」


オーダが水浴びをしている間、ふたりは焚き火の準備をしていた。

「こんだけあれば足りますかね」

「うん……薪が濡れてても、魔法で火ぃつけれるってんだから、便利なもんだよなぁ」

「この力で、人類の文化は発展してきたんですものね」

「……」

「……」

集めてきた枝を1箇所にまとめているうちに、ふたりの会話は止まる。

枝が擦れる音だけが聞こえるなか、ふとシーサが口を開いた。

「聞かないんですね」

「何を?」

「水浴びの件について……とか」

「ああ……なんかあるんだろうなとは思うけど。話さないってことはまだそういうタイミングじゃないんだろ」

その言葉に、シーサは安心したように目を細め、相好を崩した。

「いい人なんですね……キリヤさんも、オーダさんも」

「……うん」

「ふたりとも、戻ったぞ」

そこに戻ってきたオーダとともに、暗くなっていく空の下、焚き火を囲んだ。

「のこりの準備は私がしよう。キリヤも水浴びに行ってくるといい」

「あいよ〜」

斬也はサッと水浴びを済ませ、オーダらのもとに戻ると、ふたりは携帯食の調理を始めていた。

水魔法の力で保存状態を良くしたシチューだ。

「お、美味そう」

「もうちょっとでできますよ〜」

シーサが小さな器にシチューを注いで、それぞれに渡す。

「冒険のなかではちょっとした贅沢だ、味わって食べろよ」

「いただきまーす」

ヘクト周辺に広がる平原は、温暖な気候ではあるものの夜は冷える。

焚き火とシチューのあたたかさが、斬也たちの体を癒した。

そして、3人が完食して、少したったころ、シーサが立ち上がる。

「ちょっと、水浴びに行ってきますね」

「え、かなり暗いけど大丈夫か?」

「はい、灯りは自分で出せますから」

それでもなお心配そうな顔をする斬也に微笑んで、シーサは池の方に向かった。

周りに誰もいないことを確認すると、シーサは服を脱ぎ、なにかを呟いた。

すると、シーサの姿が中性的な少年の姿に変わる。

「ふう……やっぱり、ずっと変身してるのは疲れるな」

「でも、これもお姉ちゃんのため。頑張らないと」


続く

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好キ録-好奇心から始まる物語- だうりあん @Daurian

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