第4話 キタナキリヤと聖なる街
ツーラが死んでから半月ほど。
「俺たちはそろそろ行くけど、ノーロはこれからどうするんだ?」
「そうですね〜、人助けの旅にでも行こうかな……?」
「え、まじ……?意外……」
「うるさいですよキリヤ」
頬を膨らませそっぽを向くノーロに、斬也は笑みをこぼす。
「私も強くならないとって思ったんですよ、精神的にも……だから、色んな人に触れよう、みたいな……」
「いい子ちゃんじゃん」
「あなた、だんだん師匠に似てきてません?なんか腹立つ」
「え……」
ショックを受ける斬也を軽く小突きつつ、ノーロは少し遠くにいたオーダに向き直った。
「オーダさん、あなたたちはこれからどこへ向かうんです?」
「そうだな、いくらキリヤが強くなったといえど、攻撃を受けるときはあるだろう。そのためにも、
「私の回復魔法は不完全ですもんね……ヘクトあたりですか。始光教の本拠地ですし」
「うむ。
「あ、そうか。光だから!」
手を打ち関心する斬也に、ノーロは怪訝な顔を向け、疑問を呈した。
「どういうこと?光とキリヤになんの関係があるんです?」
「あれ、言ってなかったっけ?えっとね……」
首を傾げるノーロに、斬也は自分のもつ力について説明する。
「……キリヤが、そんなすごいひとだったとは……聞いてないんですけど!!」
「言ってないからね」
「バカ!!」
そうして、もう少し談笑した後、惜しみながらもノーロと別れた斬也たちは、宗教の街ヘクトを目指すことになったのだ。
「お、見えてきた……あれがヘクトか?」
「うむ。あの五角形の街並み……
背の高い草の間から、5方向に広がった美しい建造物群がのぞく。
斬也は伸びをしつつ、少し足を早めた。
「あ〜疲れた!早く街の宿で休もうぜ」
「いや……宿よりも教会に頼んだ方が良いかもしれないぞ。街の宿は高いからな」
「あ、そっか。そりゃあ金はかかるよな」
そうして、街に着いた2人は街の中心の大きな教会にやってきた。
おそるおそる扉を開けると、荘厳なじゅうたんを掃除していた少女に出迎えられる。
「おや、お客様ですか?ようこそ、
「すまない、実は一泊、宿を貸してほしいのだが」
「食事は自分らで用意するんで、どうか……」
「構いませんよ、ていうか食事も私たち……が……」
少女は快く受け入れてくれたかに思えたが、突然口を開けたまま固まってしまった。
「えっと……どうしました?」
「あっ……ああああああ貴方は!!!ひ、光使いさま!!?」
「あぁ……なんか、そうみたいですね?」
「ほ、本当に……!光父さまを呼んでこないと……しばしお待ちを!」
「はぁ」
息も荒くまくし立て、慌ただしく去っていった少女を見て、オーダは笑みをこぼす。
「さすがは始光教の本元だけはあるな。こうも早くバレるとは」
「これ、どうなんだ……?」
「まあ悪いようにはされんだろう……と?」
先程の少女が戻ってくる。
その背後には、緑色の丈の長いローブを纏った老人を連れていた。
「おお……まさか本当に現れるとは!ようこそいらっしゃいました、光使いさま」
「えっと……あなたは?」
「失礼、申し遅れました。私は103代始光教光父、ローファ・ケルニスと申します」
「わたしは手伝いのシーサ・ニーブスです」
「私どもは、ずっと貴方を待っていたのです。この、闇の連鎖を断ち切るために……」
「闇の連鎖?」
「貴方はご存知でしょうか。魔王の話しを。少しばかり、語らせていただきましょう……」
魔王、と呼ばれる闇の塊。もはや生物とは言えない異形も、もとはひとりの人間でした。
好奇心旺盛な研究者であった彼は、ふと思い立ちました。光の対となる属性があったら、と。
……火と水。風と雷。地と木。そして、光と闇。
こうして、彼は長い年月をかけて、存在しなかった闇属性を生み出しました。
しかし、それは禁忌に近いもの。彼には扱いきれず、研究所ごと呑み込まれ、破壊の限りを尽くす異形となったのです。
「……こうして、光に仇なす悪しき魔王は生まれたのです。ご理解いただけたでしょうか?」
「うん、だいたいわかった。んで、闇の連鎖ってのは?」
「……魔王の影響は、奴が倒れてからも続いています。かつての研究所……今の魔王城ですね、そこに今も在る残照が、周囲の動植物を魔物に変えるのです。」
「ほう」
「そんな魔物が死んだ後に再び残照が生まれ、それがさらに魔物を増やす……それが闇の連鎖です」
「たしかに、それだと無限に魔物が増えちゃうのか」
顎に手を当て考え込む斬也だったが、オーダは顔色一つ変えずに、フンと息を漏らした。
「しかし、その問題も根元を断てばいいこと……我々の目的は変わらないんじゃないか?」
「そうだね、結局は魔王城の闇の残照を消すのが重要なわけだ」
「おお、もとよりそのおつもりでしたか、それなら良かった……そうだ、もうお疲れでしょう。食事などは用意いたします故、どうぞ泊まっていってくだされ」
「うーん、それじゃあ、お言葉に甘えようか」
そうして、二人は教会の豪華な寝室にて、それぞれ落ち着かない夜を過ごすこととなった。
……翌日。
「た、大変だァーーーーーッ!!!!」
「な、なんだぁ!?」
慌てた様子の男性が、教会に転がり込んできた。
早くに起きて掃除を手伝っていた斬也は、彼を落ち着かせ話を聞く。
「いったいどうしたんだよ?」
「やや、これは光使いさま!どうか手をお貸しくださいませ!」
「いやだから、どういう状況なの?」
「じ、実は先日、街のはずれに怪しい人物が引っ越してきまして。どうにも気になって数日見張っていたら、奴が闇魔法を使ったのです!」
「えっ……闇魔法って」
「はい!闇は魔族のみが扱うもの……奴は魔族で間違いありません!そこで、貴方には奴の討伐をお願いしたく!」
「え、でも危害は加えてきてないんだろ?それなら、近くに
斬也が首を傾げると、男は眉を顰める。
「光使いさま、ご存知ないのですか?魔族とは、全てを吸い込む闇そのもの。光以外での攻撃では、太刀打ちできません。聖兵を置いたところで、無駄に命が減るだけでしょう」
「そうか……じゃあ、倒すしかないんだな」
「ええ。魔族は人ではありません……生物ですらない。貴方がどのような環境から来たのかはわかりませんが、どうか慣れてくださいね……これは、戦争なのです」
「……ほう、街に魔族が現れたと」
「たしかに、その状況では倒すしか道はないでしょうね。慣れないでしょうが……魔族とはそういうもの、と思っておいたほうがいいかと」
散歩から帰ってきたオーダと、外を掃除していたシーサにことの次第を話した斬也だったが、やはり帰ってきた厳しい意見に、頭を抱えた。
「でもさぁ、魔族ってのは人の姿をしてるんだろ?ちょっと抵抗が……」
「だがな、ツーラの死の原因はやつら魔族だ。そんな甘ったれたことを言っていては、ツーラが浮かばれんとは思わないか?」
「う……」
「強くなる、と言っていただろう?ここで立ち上がらないのなら、お前はずっと弱いままだぞ。そうなれば、ツーラは無駄死にになるかもな?」
「お、オーダさん!そこまで言わなくても……」
「や、いいんだ。覚悟出来ない俺が悪いし……ただ、ちょっと、もうちょっと時間がほしい」
そう言って、斬也はふらふらと教会の外へと歩いていった。
しばらくうろついていると、いつの間にか街のはずれにやって来ていた。
(魔族は、このへんにいるんだっけ)
そんなことを考えながらあたりを見回すと、大きな荷物を抱えてふらつく女性が視界に入る。
そして、バランスを崩し転びかけたところを、斬也は慌てて支えた。
「おっと……大丈夫かよ?」
「あら、ありがとうございます。大事な荷物なので、支えてくださり助かりましたわ」
「まあ、当たり前のことだよ」
「優しい方ですのね。私はストレアといいます……貴方は?」
「俺?俺はキリヤだよ」
「キリヤさん。お礼に、うちでお茶でも飲んでいきませんこと?ちょうど今日、良いお茶を仕入れましたの」
そんな言葉に甘え、斬也は特に怪しむこともなくストレアの家についていった。
街のはずれのさらに端。古びた壁に「光にしたがえ」とか「闇をすてよ」とかが書かれたポスターが貼られている、少し治安の悪い地域までやってきた。
「ここが、私のお家です」
そうして、たどり着いたストレアの家は、そんな古びた住宅街には似合わぬ、ツタさえ這わない真新しい家だった。
中に入り、ストレアが茶をいれるのを待ちつつ、雑談する。
「キリヤさまはなにをなさっているのかしら?」
「いちおう、冒険者みたいなものかな」
「あら、冒険……いいものですわね……お茶をどうぞ」
「お、ありがとう」
丸テーブルに置かれた、鮮やかな赤色の茶がなみなみと入ったカップを手に取り、口に近づけた斬也は、茶から香る匂いに違和感を覚えた。
「うん……?」
「どうかなさいましたか?」
「なあ、お前……俺の分のお茶になにか入れたんじゃないか?」
「まあ。なにをおっしゃるのかしら」
「心当たりないか?それなら、俺のとお前の、交換できるよな」
そんな斬也の言葉を聞いて、ストレアは俯いた。そして、間も無くギザギザした歯を見せ、笑いをこぼす。
「……ふふ。無警戒のお子様かと思っていたのに、こうも容易く見破られるとは……光使いは伊達ではないのね」
「俺は戦闘経験はあんまりだけど、こういうのは慣れてんだよ。結構高い地位だったからな」
「お貴族様も、こういうところでは役に立つんですのね……けれど」
壁にかけられた槍を手に取り、ストレアは斬也に向き直る。
「ここは私のホーム。貴方は、とっくに私の手の中……降伏するなら今のうちでしてよ」
(やっぱり、戦うことになるのか……まあ、無警戒な俺が悪い、責任くらいはとらないと!)
そんなことを考えるより先に、斬也の体は動き出していた。ツーラから教わった必殺技、インファイトの動きだ。ストレアの槍の間合いのさらに内側。懐とも呼べる場所に、斬也は入り込んだ。
「らァッ!!」
「遅い」
斬也の拳は間違いなくストレアの腹部に命中した。しかし、それよりもはやく、ストレアは魔力で身を固めたのである。
「弱くて、未熟……ふふふふ、愛らしいわね」
(効いてない……あれだけ特訓しても、まだ足りな……)
無駄に間合いを詰めてしまった斬也。そんな斬也の背に、ストレアは容赦なく石突を振り下ろした。
「ごぁっ……!」
「ふふ、安心なさい。殺しはしませんわ……貴方は私に必要ですもの……」
気を失った斬也の身体を抱き、不敵に笑うストレア。その姿は、今にも斬也を喰らわんとしているようにも見えた。
「ふふふふ、それでは、早速……」
「そこまで」
「!?」
ストレアが斬也の身体を持ち上げたその時、家の扉が壊れ、2つの影が姿を見せた。
「風魔法『
小さい影が放った風が、ストレアを閉じ込め斬也と引き離す。
「くっ……邪魔が入りましたね」
「そやつは我らにとっても重要だ……返してもらうぞ」
続く。
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