第3話 キタナキリヤと厳しい修行

厳しい試験をクリアし、拳術の達人であるツーラのもとに弟子入りすることが出来た斬也きりや。しかし、姉弟子であるノーロとともに斬也を惑わすツーラに、斬也は既に心が折れかけていた。

「さて、早速修行始めっぞォ!準備はいいなキリヤ!」

「待って待って!俺!体!ボロボロ!!」

「お〜そうだったな!おいノーロ!回復してやれ」

「はいは〜い」

軽く返事をすると、ノーロは斬也に手のひらを向け、魔法を使った。

「水魔法『復水』」

すると、斬也の体に水滴が集まり、斬也の傷を塞いでいく。そして、みるみるうちに斬也の体は完全に回復した。

「おお……!」

「よし!これで文句ねえだろ?さっきとったグローブをつけな!」

「は、はい!」

そういえば、ツーラもノーロも同じグローブをつけている。一切使い込まれた様子が無いが……

「……このグローブ、なんかヒミツがあったり?」

「お、察しがいいじゃねーの。そう!お察しの通り、そのグローブには属性の力をより引き出す性質があんだ」

「ほぉ」

「つまり、このグローブをつけて、拳に属性の力を纏わせながら戦えば、より強いというわけです!」

「オイオイノーロちゃん。横取りすんじゃねェよ……最近覚えたばっかのくせに」

「うるさいですよ師匠」

「ま、そういうこった。属性の力を上手く使えりゃこのグローブは劣化しねぇから、ずっと使えんだ。大事にしろよ?」

「は、はい!」

そうして、斬也の修行は始まった。

「んじゃ、まずは走り込みな♪体力つけろォ!」

「うげぇ……」

「がんばれ〜」

「何やってんだノーロ。お前もやるんだよ!」

「うぇ〜!?」

木の棒を振りながら走り出すツーラから、逃げるようにして斬也たちは走り込みを始めた。


いっぽう、その頃。オーダは再び、最初の村に戻ってきていた。

「オーダさま、申し訳ございません。キリサさまの石像の掃除など、私どもがやるべきことなのに……」

「やりたいと言ったのは私だ、構わないよ。それに、こうして石像に触れていると、旅をしていた当時を思い出せるんだ」


それは800年も前のこと。それでも、オーダたち勇者一行は、現代の冒険者とさして変わりはなかった。

「ねえキリサ。たまには人助けくらいしたらどうなの?このひとたち、けっこう困ってるみたいだけど」

「……オーダ。私たちは少しでもはやく、魔王を倒さなければならない。そんなことをしている暇はないよ」

「あんたねぇ、勇者としてどうなの!?それは!」

「まあまあ、落ち着いて?オーダちゃん……でも、キリサちゃん?1回くらい、人助けしてもいいんじゃないかしら?」

そう言って、喧嘩の仲裁をしたのは、勇者一行のヒーラー、ナツメ。

「ほら、ナツメさんもこう言ってるよ!多数決で私たちの勝ちじゃんね!」

「待て、エザーがまだ主張していない。勇者一行は、4人だ」

「ていうか、あれ?あいつ、どこ行ったの?」


(そのあとは、どうなったんだったか……エザーに関する記憶だけ、何故だかぼんやりとしていて、思い出せない)

「あまり人助けをしなかったとされるキリサ様御一行でしたが、この村で起きたトラブルを、解決してくださったと聞いています。」

「うむ。キリサは乗り気ではなかったが、私たちが無理矢理連れて行った記憶がある。あれがおそらく、唯一の人助けだった」

「貴方が本当に、勇者一行の魔法使いオーダ様なのですね……不老不死の呪いを受けたとは聞いていましたが、文献と性格が異なっているような……?」

「はは、800年も経ったんだ。体は老いずとも、心は老いていくものだよ」


そして、それから更に数ヶ月。ツーラの修行場では、未だに走り込みが続いていた。

「ぜひゅっ……はぁっ……キリヤぁ……いつまで走り込みなんですか!?付き合わされる私の身にもなってくださいよっ」

「知るかっ……師匠に聞けよ……はあ」

休みを挟みつつではあるが、蓄積した疲労が斬也たちの脚を遅くさせる。

少し経って、2人は立ち止まって休むことにした。

「はぁーっ……疲れた!魔法で回復しちゃダメかなぁ」

「駄目って師匠が言ってたろ。ぜえ……」

「ぐぬ〜」

「オイオイ、いつ休んでいいっつったよ?」

口をとがらせるノーロは、後ろから聞こえてきた声に目を丸くした。

「師匠……」

「俺様のメンミツな計画が乱れちまうだろうがよォ」

「そんなこと言ったってさ、ずっと走ってばっかりだと体はもっても心がもたないよ……」「そーだそーだ!」

口々に文句を言う弟子たちに、ツーラはため息をつく。

「ま、そろそろいーか……お前らがそこまで言うなら、次の段階に進んでもらおうか」

「まじ?やった!走り込みから解放される!」

「良かったなァ?んじゃ、次は無限正拳突きだ!ほらほら、今から始めな!」

「今から!?やっぱり鬼畜です、師匠は!」

ツーラを睨む2人。しかしツーラは気にもとめず、ニヤニヤと笑っている。

「そんな貧相なパンチじゃガキの魔族も倒せねェぞ〜!素手で木を切り倒すぐらいになりな!」

「「ひい〜っ!」」


そうして、新たな修行が始まった斬也たち。

ツーラたちとの修行が始まって早くも1年が経ち、斬也は岩をも砕く拳を手に入れていた。

そんな、ある日のこと。

「なあ師匠、そろそろ技術的なやつも教えてほしいんだけど……」「そーだそーだ!」

「……あのなァ。お前らはもともと技術はしっかりしてるんだよ。だから教えてねェの。俺様はそういうのちゃんと考えてんだわ」

「え、まじ?」

「だが、お前らになら俺様のを教えてやってもいい。」

寝転がっていたツーラが起き上がり、あぐらをかく。

「え!教えて!……ください!」「私も!お願いします!」

「ハッ……こんなときだけ敬語使うんじゃねェよ。ちゃんと教えてやっからさ」

目を輝かせて話を聞く弟子たちを見て、ツーラは満足気に微笑んだ。

「今までの修行で身につけたジャンプ力やスピード、パワーを活用するんだ。先に相手の懐に入って、1発で終わらせる……『インファイト』ってやつだな」

「でもそれ……1発で終わらせれなかったら危ないんじゃ?」

「だからこそ、俺様っぽいっしょ?」

白い歯を見せて笑うツーラ。しかし、ふいになにかに気付いたように立ち上がる。

「どしたんです?」

「ちょっと、用事ができたから行ってくる。ついてくんなよ?」

そう言って、ツーラは小屋から出ていった。

「なーんか、怪しい……!」「ついてってみません?」「アリ」

弟子たちは、顔を見合わせ笑ったあと、小屋の戸に手をかけた。

「あれ?……開かない」

「え?そんなはずは……」

2人が、どれだけ押しても、引いても、戸は開かない。

「まさか、師匠がなんかしたのか?」

「にしても、なんで……?」


「よお。魔族サマがこんな辺境になんの用だァ?」

小屋から少し離れた場所。そこで、ツーラは屈強な禿頭とくとうの男と対峙していた。

「……この辺りに、光属性を操る者がいたとの報告があった。私はそいつを殺しにきたのだ……わかったらさっさとどいてくれ、邪魔だ」

「そいつぁ難しいなァ、俺様はそいつに死んでもらいたくねェんだわ」

「邪魔をするつもりか?」

「おうよ」

返事をしながら、ツーラは男の腹部に先制攻撃を仕掛ける。

「効かないな。無属性攻撃じゃあ、私を倒せないよ」

(魔法で身体を硬くしてやがる……相性が悪ィな)

「はは……お前ら魔族は、属性攻撃は効かねェんじゃなかったか?」

「そうだ。だから、お前は私に勝てない……諦めて、を差し出せ」

「いやだね」

ツーラが、再び男の懐に飛び込み、胸ぐらを掴む。

「その程度で、私を拘束したつもりか?」

「ンなわけねェだろ……地魔法『地縛』」

ツーラが魔法を使う。すると、ツーラの手から土の塊が現れ、男の身体を捕えた。

「拘束魔法か……しかし、ここからお前はどう私を倒すのかな?」

(ここで、こいつを殺しとかねェと……あいつらが危ない。俺ァいつの間にか、あいつらに絆されちまってたみたいだ)

「ンなもん、簡単だ」

(意地張ってなんも言わずに出てきちまったし……あいつら怒るだろうな)

「地魔法、奥義」

(ちと大袈裟だが、こいつは俺様の命をも捨てて、この場で殺す。これは、俺様があいつらに絆されたからだけじゃねェ)

「『地堕落じだらく』」

ツーラたちの足元に、ヒビが入る。そして、次の瞬間には大きな地割れとなっていた。

(じゃあな、キリヤにノーロ。お前らなら、このクソみてェな世の中ちょっとは良くできンだろ)

「くっ……お前、まさか自分ごとッ」

「そーだよ。このまま2人で、仲良く地の底に沈むとしようぜェ!」

そうして、2人は底の見えない地割れへと吸い込まれていった。


少し前に戸の封印が解かれ、外に出た斬也たちは、そんなツーラの最期の瞬間を、目撃することになった。

「し、師匠!」

ノーロの悲痛な叫びが、地割れの闇に響く。

そのこだまを飲み込むように、地割れはゆっくりと塞がっていった。

「なんで……あんなことを……?」

「俺たちが……俺が、弱いからだ」

「え?」

「師匠が俺たちを閉じ込めたのは、俺たちが足でまといだから。でも、俺たちが強ければ……3人で戦えていれば、師匠は、死ななかった」

「……」

「強く、ならないと」

震える手を握りしめて、零れる涙は目を瞑って隠す。

この一件は、斬也とノーロが戦っていくうえの覚悟を決めるきっかけとなったのだった。

「……うん?」

「あれ、オーダだ」

ノーロが見上げた先には、魔法で飛んで戻ってくるオーダがいた。

斬也たちの前に降り立つやいなや、オーダは慌てたようすで辺りを見渡した。

「嫌な予感がして急遽戻ってきたんだが……どうやら遅かったようだな」

「……うん」

「すまないな。私がもう少しはやく魔族どもに気付いていれば……」

「や、いいよ。お前のせいじゃない」

すっかり元通りになった地面を見つめ、オーダはボソリと呟いた。

「昔のあいつは……とても利己的でな。他人のために命を擲つなど、ありえないようなやつだった」

「へぇ……?」

「そんなあいつが、まさかな……あいつも大人になったということか、それとも……」


「お前たちに、それほどの未来を感じたのかな?」


続く

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