第2話 キタナキリヤと危ない師匠

「これが……勇者の剣!」

新たな勇者として、かつての勇者の剣を託された斬也きりや。しかし、剣を構えた途端に斬也の手から、青黒い何かが放たれ、剣を取り落とさせた。

「今のは……!?」

「こ、これは……斬也、どうやらお前は、呪いを受けているようだ」

「の、呪い……?」

不思議な魔法使い、オーダの発した不穏な言葉に、斬也は眉をひそめる。

「うむ。魔王の強大な闇、その残照が、人々に多大な影響を与えた……それが、『呪い』。といっても、我ら勇者一行以外にその影響を受けた者は、もう長らく見ていなかったんだがな」

「魔王……」

「まあ、これはただの推測でしかない。お前が勇者の剣に拒まれただけかもしれないからな……近くの村で、色々と試してみるとしよう」

「あ、おう。りょーかい」


そうして、二人は数時間かけて近くの村までやってきた。

武器屋でいくつか安い武器を買い、村はずれの草むらに並べる。

「よし、ひとつずつ持ってみようか」

「……なあ、こんなにいっぱい買ってよかったのか?嵩張りそうだけど」

「まあ、そこは私がなんとかするさ。さ、はやくしろ」

青銅製の剣や割った石の斧、竹槍などを順々に持ってみた斬也だったが、どれももれなく彼の手から弾かれてしまった。

「だ、駄目だ……」

「ふむ、やはりお前は『武器を持てない』という呪いを受けたのだろうな。しかし、何故……?」

「わ、わかんないけどさ……このままじゃ良くないよな。だって、武器無しじゃ戦えないだろ?戦争を止めるなんて、夢のまた夢じゃないか」

「まあ落ち着け。当てが無いわけではない。この呪いを消すためには、どちらにせよ魔王城まで行かなければならないからな……なんとかしてみせるさ。」

「オーダ、本当に大丈夫なのか……?」

「お前は、安心して宿のベッドで寝ていろ。今のお前は足でまといでしかないんだからな」

そう言って笑ったオーダだったが、その内心ではとても焦っていることは斬也にも容易くわかった。

しかし、オーダの言う通り斬也にできることはなにもない。仕方なく、斬也は宿のベッドに寝そべる。しかし、斬也はなかなか寝付けなかった。


(これから先、俺はどうなるんだろう?

もとの世界には、戻れるのかな?

魔王って、何だ?闇は?光は?

どれだけ説明されても、俺には理解したふりしか出来なかったよ。

ああ、怖い。怖いなぁ───)


「─怖い……」

「……おい、起きろ。朝だぞ」

「うん……?」

翌朝。窓の外から、小鳥のような鳴き声が、うるさく聞こえてくる。

「おー、オーダ……おはよ」

「昨日のことについて、説明してやりたいところだったが、非常事態だ。ついてきてくれ」

「うぇ?なんだよ……」

宿の外へつかつかと歩いていくオーダ。しばらく歩いて、彼女が立ち止まったのは、昨日武器を並べた草むらだった。

「うわっ……なんだあれ!?」

見ると、そこには大きな百舌鳥のような姿の鳥が集まって、なにかを啄んでいる。

「昨日の武器を、置きっぱなしにしてしまってな……ツルギクイドリが集まってしまった」

「つ、ツルギクイドリぃ??」

「これは私の責任。私がしっかりと処理しよう……だがな、お前には私の戦いを見ておいてほしい」

「は、はぁ……」

「じゃあ、ちゃんと見ておくんだぞ」

そう言って、オーダはツルギクイドリたちのもとへ近寄っていく。

ツルギクイドリたちはそれに気付いて、甲高い声で威嚇した。しかし、オーダは怯まず、重たそうな鉄製の杖を振りかざした。

「雷魔法『雷散らいさん』」

ツルギクイドリたちがオーダに飛びかかった次の瞬間、オーダの周りに雷撃が走る。

雷が苦手な鳥たちは、たまらず散るように逃げていった。

「おお……!」

「見ていたか?これが魔法だ」

「見てた見てた!格好いいじゃん!」

「……この力は、この世界では当たり前。誰にだって、お前にだって使えるはずなんだがな……」

「え?そうなのか?」

「……まあ、いい。それについては私が追追教えていくとしよう。まずは、今後について話そうか」

立ち話ではなんだから、と二人は宿に戻った。それぞれのベッドに座り、通路越しに向かい合う。

「さて。アテはある、と言っただろう?なんとか、見つけてきたぞ……拳術を教えてくれるようなやつを」

「……?けんじゅつ?……ってなに?」

「読んで字のごとく、拳で戦う技術のことだな。」

「拳?拳で戦えと??」

「それしかなかろう?武器を持てないのだから」

「ぐぬ……」

「先程、魔法を使って見せただろう。あれと組み合わせるんだ。そうすれば、拳術の弱点であるリーチや自分の体へのダメージも補える。ちゃんと、理にかなった戦法だろう?」

「ま、まあ、そう……かも?」

難しげなことをつらつらと述べるオーダに、斬也は言葉を詰まらせる。

そんな斬也を放って、オーダは立ち上がった。

「さ、早速向かおうか。場所はそう遠くないようだぞ」

「ええ!?今?アポとかは……?」

「要らん。やつはそういうのは好まんしな」

「はあ」

長い脚で、すたすたと歩いていくオーダを、斬也はあわてて追いかけた。

そうして歩くこと、半日ほど。荒野が近くなり、草原の草はまばらになってきたあたりに、蔦の張った小屋が建っていた。

「む、何者ですか!?」

斬也たちが小屋に近づくと、どこからか赤茶の長髪の少女が降ってきた。

「うわぁ!?空から女の子が!」

「なんだ?お前は……まさかあやつ、弟子をとったのか?」

「おや、師匠の知り合いでした?失礼しました、どーぞこちらへ」

そう言って、少女は小屋の戸を開け……ずに、横の崖下に向かって叫んだ。

「ししょおーーーーっ!お客さんですよぉーーーーっ!!」

「あいよー」

遠くから返事が聞こえたと思えば、崖下から足音が。その次の瞬間には、目の前に筋肉質な銀髪の男性が立っていた。

「おーおー、こいつぁ珍しい。オーダせんせじゃん」

「久しぶりだな、ツーラ。相変わらず刺激的な毎日を過ごしているようで安心したよ」

「ははっ、人生ギリギリじゃねーとつまんないっしょ?」

「普通、人間とは安寧を求めるものだぞ?」

「はー、お気楽なこって」

いかにも危なそうな男と談笑を交わすオーダに、斬也は冷や汗を流す。

「な、なあオーダ、そのひとは……?」

「うむ、紹介しよう。こやつはツーラ。変なやつだが、拳術の達人だ」

「どーもどーも、俺様はツーラ・ヌーランスだ!よろしくゥ」

「よ、よろしくお願いします……」

白い歯を見せて笑うツーラ。斬也は苦笑い。くるりと後ろを向いて、小声でオーダに話しかけた。

「なあオーダ、本当にあのひと大丈夫なのか?なんというか……危ない感じというか」

「うむぅ、否定はできないな」

「おいおい、ひでーこと言うじゃねーの。坊ちゃんよぉ」

「ヒィ!聞こえてる!?」

「だが残念だなぁ、『危ない』は俺様にとって褒め言葉だぜ?」

「コホン。まあ、こんなやつでも拳術だけは本当に一流だ。必ずやお前を戦えるようにしてくれるだろう」

「ほお?この坊ちゃんは俺様に弟子入りしに来たわけだ」

ツーラの言葉に斬也が頷くと、ツーラは赤茶の髪の少女を連れて小屋に入っていってしまった。

「あれ!?ちょ……」

「さて、私は別の用事があるから、しばらくここで鍛錬を積んでおいてくれ。お前が戦えるようになったら、私から魔法の使い方を詳しく教えてやろう」

「えぇーーー!オーダ、お前もか!」

目を見開いて怒る斬也を無視して、オーダはどこかへ飛び去ってしまった。

荒野にひとり取り残され、呆然としていた斬也だったが、すぐに先程の少女が小屋から出てきた。

「キリヤ、と言うんでしたっけ?えと、私はノーロって言います。ノーロ・サーストです。ちゃんと覚えるのですよ?」

「はあ。」

「あなたには、師匠が拳術を教えるに値するかの試験を受けてもらいますよ。師匠も、そう何人も弟子をとってられないんでね。」

「ふむ、ところであんたは俺の姉弟子にあたる、ってことでいいんだよな?」

「話を聞いていましたか?あなたが試験に受かるかはまだわからないのですよ。私の弟弟子になれるよう、頑張るといいでしょう」

そう言って、ノーロはふふんと鼻息を荒くした。

「さて。試験内容を教えてやります。耳の穴をよーく掃除して聞きなさい……試験内容はとっても簡単、師匠お手製の戦闘用グローブを取って帰ってくるだけです」

「そ、それだけ?」

「それだけ。」

思ったより簡単な試験内容に、斬也は拍子抜けする。しかし、そんな余裕も束の間、すぐに破られた。

「師匠の地の魔法の力で、修練場にいくつか足場を作りました。それを伝って、最奥部の箱に入っているグローブを取って、帰ってくる……要はアスレチックです。簡単でしょう?」

「え……結構間あいてるけど」

「あれぐらい跳べないと、近接戦闘なんて無理ですよ?すぐに叩かれるか、燃やされるかして死にます」

「ひえ……」

「さ、さっさと始めてください。落ちても私の水魔法があるから安心ですよ」

怖気付く斬也の背中を押して、ノーロはスタート地点まで連れていった。

「待って、まだ、こころのじゅんびが」

「うるさいですよ。ほらほら、ぴょーんと行っちゃえ!」

ケラケラ笑いながら煽るノーロにイラつきつつ、斬也は高くそびえ立った足場を見つめた。下の地面には水のようなものがあるが、霞んで見えにくい。

(結構高い……!)

「まだですかー?」

「あーもうわかったよ、行きゃいいんだろ行きゃあ!」

イラつきも頂点に達した斬也は、思い切り後ろに下がり、思い切り助走をつけ、思い切り跳んだ。……が、全く届かない。斬也が跳んだ距離は、目標の足場の半分もなかった。

「あああああああああ!?」

空中での抵抗は、濡れ手で粟を握るようなもので、斬也の体はトップスピードで地面に叩きつけられた。

(あれ……?痛くない?)

「おーい、無事ですか?まったく情けないものですねえ、そんなので戦えるのですか?」

「???」

「ほら、寝っ転がってないで再挑戦しなさい。失敗すなわち不合格ではないのですよ」

「え、まだやっていいの!?」

「そう言っているでしょう」

(……はあ、これもオーダのためと思おうか)

その後も、斬也は挑戦し続けた。日が暮れて昇ってを繰り返し、月の形が少し変わったころ、転機は訪れた。

「もういっちょ……」

「がんばえー」

「おらっ!」

崖の縁スレスレから跳んだ斬也の体は、いつもより長く空中にとどまる。

そして、斬也の足はついに、一つ目の足場に到達した。

「きたぁあああ!」「おおお!」

長いこと試験と向き合っていた2人の少年少女は、甲高い歓喜の声をあげた。しかし、ノーロはすぐに咳払いして誤魔化す。

「こほん、やりましたね、キリヤ。ついに一つ目撃破です」

「うん。ありがとな、ここまで付き合ってくれて……俺、ようやく」

「何終わった気になってるんですか。まだまだここからですよ」

「デスヨネー」

それからも、斬也は挑戦した。その後も何度も落ちたが、斬也は諦めなかった。

そうして、月が再び満ち始めたころ。1回、2回、3回と、斬也は足場を飛び移っていく。

向こうに見えるのは、グローブのある対岸だ。

「もういっちょぉぉ!」

まともに助走もとれない狭い足場。疲れから沈む体。棒のような脚。それでも、斬也のパワーは格段に上がっていた。

「うおおおおおお!」

深く踏み切って、ジャンプ。乾いた空気を手で掻きながら、空中を進む。少し届かないかに思えたが、斬也はしっかりと崖の縁を掴んだ。

「ぐうぅうう……」

爪に血が滲む。痺れていく手に力を込めて、強く体を持ち上げた。もう、グローブは目の前だ。

「とったどーーー!」

箱に入っていたグローブを高く掲げ、かすれ声で叫ぶ。崖の向こうで、飛び跳ねて喜ぶノーロが見えた。

「おー、ようやく取れたか。ちょっと遅すぎんぜ」

「!?」

ノーロに手を振っていると、いつの間にか後ろにツーラが立っていた。

「本当なら向こうに戻るまでが試験だけどよォ、もう待ちくたびれちまったから、特別に合格にしてやんよ」

「ええ、良いんですか?それで……」

「いーのいーの。俺様がおまえを気に入ったんだ。そもそも弟子がひとり増えたくらいじゃなんも変わりゃしねェっしょ」

唖然とする斬也。そんな時、崖の向こうでノーロが怒っていることに気付いた。

「おっと、あいつの我慢が限界だ。向こうに戻ろうぜ……俺様が連れてってやろう」

「え、ちょ、お姫様抱っこ!?男が男にするもんじゃ……うわ!」

ツーラは、斬也を抱き上げると高く跳び上がり、ノーロのもとに一飛びでたどり着いた。

「まったく、私のことを放っておくとは、生意気な弟弟子ですね!」

「お、ご立派におねえちゃん気取り?まだまだガキのくせによォ?」

「うるさいですよ師匠」

(こいつら……個性が強すぎる!)

斬也の修行は、なかなかに前途多難だ。


続く

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