好キ録-好奇心から始まる物語-

だうりあん

第1話 北名斬也と勇者の仲間

『神隠し』……古来より謎を呼んできた怪異だ。

(中略)

突如消えた彼らは、一体どこへ行ったのか?

とある研究者は、こう主張したという。

「彼らは、異世界に行ったのだ」と───……(印報出版|『怪異と異世界』共田典宏・著)



「異世界……ねぇ」

薄暗い書斎のなか、黒い髪を垂らした青年は、気だるげに呟いた。

とても信じ難い言葉が書かれた本をめくる手を止め、椅子にもたれかかる。すると、後ろから坊っちゃま、と呼ぶ声が聞こえた。

「じいや」

振り返ると、眼鏡をかけた優しげな老人が立っている。

「調査の進捗はいかがですかな?」

「いやぁ、全然だよ」

黒髪の青年、北名斬也きたなきりやは椅子を回し、首を傾げながら答えた。

さっきまで読んでいた本をふたたびめくり、文章を眺める。やはり、どれも信じ難い内容だ。

「異世界がどうの、みたいな本はいくつかあったけど、どれも現実感がなくってさ」

「ふむ、まあ異世界という題材が、そもそも現実感のないものですから、しかたのないことではありましょう」

「ん〜、まあそうなんだけどねぇ」

そんなことを言いながら、斬也はまた本に視線を落とす。途端、薄暗かった部屋が、更に暗くなった。

「……ん?じいや、電気が」

斬也は、御曹司らしく使用人に停電の処理を頼もうと振り返る。しかし、そこには誰もいない。

「じいや?」

さっきより大きな声で呼びかけるも、誰も応じない。

「あれ?」

「じいやはいないよ、ここはもう君の屋敷ではないからね」

「うわっ……だ、誰?」

突然聞こえてきた声の方向を探ると、部屋の隅に置かれた椅子に誰かが座っている。

「おっと、驚かせたかな?すまないね」

その人物は、暗がりのなかゆっくりと立ち上がった。

「僕はエザー。まあ、通りすがりの研究者だよ」

エザーと名乗った男は、栗色の髪の間から、赤い瞳で斬也を見つめた。

「突然だけどね、君には僕の実験台になってもらいたいのさ」

「はぁ……?実験台?嫌だよ」

キッパリと断る斬也を見て、エザーはにやりと笑う。

「そりゃあそうだ。当然、対価は用意しているんだが……意味は無いか」

「……」

「ただねぇ、君。そうして睨んでも、これは決定事項だ……君に拒否権はないんだよ」

「はぁ!?何言ってんだよ、勝手なことを言うな!」

斬也の叫びもむなしく、エザーはひらりと向きを変える。

「悪いがね、この実験は君でないといけないのさ。僕の好奇心を満たすため、協力してもらおう!」

そう叫ぶエザーに、斬也はおののき、動けなくなっていた。

「い……一体、何を?」

「……君は『異世界転移』を知っているだろう?それだよ」

斬也のなんとか絞り出した言葉に、エザーは彼を一瞥もせずに答えた。

「人々の魂を掌握し、異なる世界にまで手を伸ばす神……それに並ぶ力を、僕は手に入れた」

「そう、これは君の魂を、肉体を、異世界にそのまま送る、そんな実験だ……さぁ、その身体、使わせてもらうよ」

「待って!待て、まだお前の言葉を処理しきれてな……」

「そう怖がらなくてもいい。安心したまえ」

抵抗する斬也の言葉も無視し、エザーは早口で語る。

「あの厳しい世界でも生きていけるような、それくらいの力は与えてあげよう」

語りながら、エザーは高く掲げた手をグッと握った。

「それでは、実験開始だ。よろしく頼んだよ」

エザーが握った手を開いた途端、斬也の視界は炎に覆われた。

こうして、斬也は突如奇怪な実験に巻き込まれることとなった。

こんなたったひとりの男の好奇心が、錆び付いた大きな物語の歯車に、油を落とすことになるとは、斬也には知る由もないだろう。






斬也が目を覚ますと、そこは広大な草原だった。遮られることのない日差しに目を細めながら、斬也は起き上がる。

(ここが……異世界?ほんとに来ちゃったのか)

風で揺らめく地平線を眺めていると、斬也はどうしようもない不安に襲われた。

「あぁ……じいや、心配してるだろうなぁ……突然消えたようなもんだもんなぁ、それこそ、神隠しみたいに……」

不安を並べ立てながら、頭を抱えた斬也だったが、ふと顔をあげた。

(なんか、あっち?から、呼ばれたような……?)

斬也は、一切の警戒心も持たず、ふらふらと歩いて行ってしまった。自分の服装や、目の色までもが変わっていることには、気付きもせずに。

そんな斬也がたどり着いた先には、大きな棺が置かれた、墓地のような場所があった。

「ここは……?」

棺を囲うように、綺麗に整えられた茂みの傍らに、で書かれた石碑がある。

「あれ……?」

「なあ、そこの少年」

「!?!?」

斬也がその石碑を読もうとすると、後ろから突然声を掛けられた。

(くっそぅ、どいつもこいつも急に声を掛けやがって……)

「……?おい、少年。私の声が聞こえているか?」

「あーあー、聞こえてるよ。うるさいな」

斬也の後ろにいた、白く長い髪をひとつにまとめた女性は、そう邪険にしないでくれよ、と苦笑いする。

「私は、ただお前がここにきた目的を知りたいだけだ。私はここの管理者だからな」

「はあ……」

「お前は何者だ?名を名乗ってみろ」

明らかに斬也を怪しんでいる様子の女性は、白い瞳で彼を睨む。

斬也はそれに少し怯えたように、顔を歪めた。

「俺は……キリヤだよ。ここには、いつの間にかいた、というか……」

「いつの間に、だと?むう、どうにも怪し……んん?」

斬也の発言に、より顔を顰めた女性だったが、斬也の目を見て顔色を変えた。

「お前……!その目、その、力はまさか!」

「うわっ!?おい、急に肩を掴むな!」

「おっと……すまない、取り乱した」

先程までの様子とは一転し、深呼吸をして落ち着こうとする女性を、斬也は怪訝な顔で見つめる。

「えっと……そもそもあんたは何者なんだよ?」

「ああ……まだ名乗っていなかったか。私はオーダ・クライア。私が何者かは……そこの石碑を見ればわかるだろう」

そういって、オーダはあの日本語が書かれた石碑を指さした。

「どれどれ……」

斬也は石碑の前にしゃかみ、書かれた文章を読み始めた。


『魔の領域から戻らぬ勇者よ。貴女がいない間、ふたたび世界が闇に覆われたときのために、貴女の剣をここに封じます。貴女が、深い闇から解放されるときが来ることを祈ります。』


「貴女の仲間、オーダ・クライア……オーダ・クライア!?」

文章を読み上げ終わると、斬也は勢いよくオーダの方に振り向いた。

「お……お前、勇者の仲間だったのかよ!?」

「ふふ……その反応、すこし新鮮だな。勇者伝説など、この世界では覚えている者はわずかなんだよ」

「へー……なんで?」

「彼女は、あまり人助けはしなかったからな。そもそも、800年も前の話だ」

「……え?」

斬也が、覚えたその違和感を口にする前に、オーダは話を続けていく。

「こんな話はいい。お前に、頼みたいことがあるんだよ」

「あ、うん。何?」

「お前に、勇者の跡を継ぎ、この世界をふたたび救ってほしいんだ」

続く衝撃。しかし、まだ斬也の心は休まらない。

「え……え?世界を?俺が?なぜ?」

「はっはっは、正しい反応だ……すまないな、すこしずつ説明していこうか」

少し神妙な雰囲気を纏うオーダに、斬也は唾を呑み、オーダに向き直る。

「いいか、800年前の勇者一行で、生存しているのは私だけではない。勇者と、もうひとり生きていると聞いている」

「えっと……なんで800年前のやつらが生きてるんだよ?」

「うむ、なぜか……説明が難しいが、まあ呪いのようなものだよ」

そう言いながら、オーダは寂しげに笑った。しかし、すぐに切り替え説明を再開する。

「さて、かつての勇者は、今も生きている。しかし、彼女は今動けない状態なのだ。そんな状況で、我ら人間とが戦争を始めてしまった」

「……」

「そんな時に、お前が現れたのだ。かつての勇者と、おなじ力を持ったお前が。」

「おなじ……力?ってのは?」

「……この世界には、魔法という特殊な力がある。それは、大きく8つの属性に分けられるが、そのうちのふたつ、『光』と『闇』は普通の人間には扱えなかった。かつての勇者と、お前を除いては。お前は、かつての勇者とおなじく、光の力を持っているんだよ」

書斎で読んでいた本のような、信じ難い内容。しかし、とんでもない情報量に、斬也は逆にすんなりと頭に入ってくるようになっていた。

「光……闇は?」

「闇の力は……ほかの属性とは扱いが別でな。これは現状、人間と敵対する魔族にしか扱えないものだ」

「へぇ……」

「この戦争は、そんな闇の力が原因で起こっていると私は睨んでいる。光の力をもつお前にしか、この頼みは託せない。どうか、闇を消し去り、負の連鎖を断ち切ってくれ」

頼む、と言いながら、オーダは自分の胸に手を添え、目を閉じた。

「そんなこと言っても、俺戦えないぞ?いちおう、護身術は教わったけど」

「それについては安心してくれ。戦闘技術を教えてくれるような知人にはアテがある」

「そ、そっか……うーん」

「この時のために、準備を進めてきた。あとは、お前が協力してくれれば全てが始まるのだ。……もし、協力してくれると言うならば、その棺を開けてほしい」

あの石碑には、剣を封じたと書かれていた、石で作られた棺を見て、斬也は大きく息を吸った。

(こんな世界に、来ちゃったわけだし。もうもとの生活には、戻れないわけだし。もうどうにでもなれ〜とは思うけど。それでも、やっぱり、ちょっと、怖いな)

斬也が考えを巡らせている間、オーダは棺を優しげに見つめていた。

(怖い、怖い、けど……オーダの、あの目は、気持ちは、多分、ほんものだ)

斬也は吸った息をしっかりと吐いて、息を整える。そして、棺のそばのオーダのところに歩み寄った。

「オーダ……俺、決めたよ。俺が、戦争を止める」

「おお!やってくれるか!……さあ、この棺を開け、なかの剣を手に取ってくれ!」

斬也はコクリと頷き、棺に手をかけ強く押す。

すると、棺の蓋が光り、スっと滑るように開いた。埃っぽい煙が晴れると、少し古びた銀色の剣が光る。

「これが……勇者の剣!」

色褪せた柄に手を伸ばし、斬也は剣を持ち上げた。そして、陽の光に当てるように構え、格好つけてみせ「う"っ!?」

途端、斬也の手から青黒いなにかが放たれ、剣を振り払う。

ガシャン、と鈍い音を立てて落ちた剣を、斬也は手を抑えながら見つめた。

「な、なにが起きた?少年、お前が何かしたのか?」

「いやいや、なにもしてないよ!なんか、弾かれた、というか……?」

「弾かれた?それではまるで……しかし、先程のあれは……」

オーダは、困惑する斬也の前に立ち、彼の身体を隅々まで見つめる。しばらくして、オーダは目を見開いた。

「キリヤ、どうやら、お前は……を受けているようだ」


続く。

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