#6
仕事、といってもこれといってやることはない。
毎日出勤して、過去の相談内容の資料を眺めながら四人でお茶を飲む。
聞いていた話と違うのは、地獄カンパニーの社員だけじゃなく普通に地獄で暮らす住民たちのお悩みも解決しているということ。
人間関係だったり、最近仕事の調子がよくない、とかとか。相談内容はそんな具合だ。
鬼野さんは毎日お届け物が来ていないかこまめに確認しに行く。
本当に毎日がこれの繰り返しで仕事というものを忘れてしまいそうになっていた。
上司の三人は腕時計の柄が四種類揃うと分かり、発注した次の日から楽しみで仕方がないらしい。
クリスマスが待ち遠しくて、煙突の前で待機する子供みたいな。
少し、分かりにくいかな。
「鬼野さん、届くのは明日ですよ。」
「もしかしたら早めに出来上がることもあるかの知れませんので。」
「俺の時は一日早く届いたからな。」
「そうですね。瑠鬼さんの時は少し早かったです。」
「僕の時は一日遅れたんだよなー。」
「そういや大我の時は遅れたな。」
「あの時の瑠鬼さん、イライラしてましたよね。」
おかしそうに笑う大我さんをわかりやすくにらみつける瑠鬼さん。
そんなこともありましたね。なんて思い出にふけってコーヒーをすする鬼野さん。
ここに来てから一週間と少し。
3人の上司を見ていて、つくづくバランスが取れている3人だな。と思う。
その時、待ち望んでいた音が聞こえた。
「お届け物です。」
「きた!」
扉のノックと、3人が興奮気味に叫んだのはほぼ同時だった。
それを聞いた配達員は少し顔を引きつらせながら手に持ったその箱を私に差し出した。
「ありがとうございます。」
「それでは。」
ほかの部署のお届け物も持っているのだろう。
大きなカバンをせなかにかけ直しながら、足早に去っていった。
「ほら、早く開けてみてよ!」
大我さんに催促されながら開けた箱の中には、きれいな緑色でところどころに蔦のような模様が入った腕時計。差し色にピンク色の花があしらわれていて、一言で言うとかわいい。
三人もこのデザインを生で見るのは初めてらしく、かわいいー!言って自分の腕時計を近くに並べる。
「つけろよ。」
クールに言ってるけど、顔はこれでもかというほどにキラキラしている。
他二人も同じ顔。
はいはいとつけると、四人で丸くなってそれぞれ腕を突き出した。
「やっとそろいました!」
「やっとだな。」
「やりました!」
それぞれの喜びの一言の後に、三つの視線。
どうやらコメントを求められているようで、何も気の利いた言葉が出てこない自分のアドリブ力を少しだけ恨んだ。
「えっと、おめでとうございます?」
肝心の腕時計はさすがオーダーメイドなだけあってサイズはぴったり。
勢いのまま決めたデザインも思ってたより好みに合ってたし。
文句はないよね。
ワイワイキャッキャしてる大人(上司)三人をほほえましく思いつつ、読んでいた資料に目を落としたそのタイミングで、ドアが鳴った。
「おや、今年度ははやかったですね。」
「仕事か。」
さっきまでの表情をくるりと変え、お仕事モードに入る。
さすがプロだなーとのんびり思っている間に、
「はいはーい、いらっしゃーい。」
と、間延びした大我さんの声とともに扉が開いた。
「あの、相談に乗ってもらえないでしょうか。」
控えめに部屋に入ってきた人は、商店街で働く妖怪さんだった。
「本日はどのようなご相談で?」
優しい瑠鬼さんの声。
それに対し女性は申し訳なさそうにこう言った。
「えっと、新しく女性の方が入ったと聞いて、その方に、相談したくて、、」
こちらの方向にまっすぐ向けられた視線。
思わず自分の後ろを見るが、当然そこには誰もいるはずはなく…
「この部署の女性社員は明華さんだけですよ。」
と、優しく鬼野さんに現実を見せられる。
「わ、私ですか!?」
動揺を隠しきれずに裏返ってしまった声に恥ずかしさを覚えながら、ご依頼人の方を見る。
「はい。同性の方の方が相談しやすくって。」
私を見るその目は決意というかなんというか、、。
とにかく、私に用事があると、はっきり言っているような、そんな目をしていた。
「えっと、私でよければ、、」
「紗々谷はまだ研修中の新人ですので、一緒に大庭もお聞きしてよろしいでしょうか。」
突然の指名に挙動不審になっている私の肩に手を置き、大我さんが横についていてもいいかと了承を得る瑠鬼さん。
さすが、としか言いようがない。
それに、大我さんが隣についてくれるだけで心強い。
「はい、構いません。ただ、紗々谷?さんメインで相談に乗ってもらいたいです。」
「もちろんです。では、奥の部屋へどうぞ。」
「頑張れ。隣に大我いるはずだからなんかあったら頼れ。」
「はい。ありがとうございます。」
私だけに聞こえるようにして言う瑠鬼さん。
さすがにイケメン過ぎない!?
「コーヒーと紅茶、どちらがお好みで?」
「紅茶でお願いします。」
「大庭さんはコーヒー、明華さんは紅茶でよろしいですか?」
「はい。」
「はーい。」
「すぐにお持ちいたしますので、部屋でお待ちくださいね。」
鬼野さんはにこやかにそう言ってカップとお盆を手に取った。
私と大我さんはパソコンを片手に部屋へ入った。
現場見学を吹っ飛ばしていきなり実践だなんて。
大我さんがいるとはいえやっぱり不安。
そんな私を見かねてか、いつものように軽い口調で話し始めた。
「僕は大庭大我といいます。お名前聞いてもよろしいですか?」
「
「亜季さんですね。えっと、、。」
「あ。紗々谷明華です。」
「明華さん。」
「はい。えっと、よろしくお願いします。」
「はい。」
「基本紗々谷主導で進めさせていただきますが、何かありましたら僕がサポートいたしますので安心してご相談ください。」
「はい。ありがとうございます。」
「で、では、さっそく…。本日はどのようなご相談で、?」
亜季さんは一息おいてからまっすぐに私を見つめてこういった。
「ストーカー?っていうんでしょうか。最近私の写真が家のポストに入っていたり…するんです!」
地獄で働くことになりました。 露傘 @tuyugasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。地獄で働くことになりました。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます