#5
「と、いうわけですので、明華さんに我々の仕事を覚えてもらわなければなりませんね。大庭さん、お願いできますか。」
「僕でよければ、よろしくお願いします!」
「では、大庭さんに一任します。何か不明なことがあれば、私か、瑠鬼におたずねください。」
なんて丁寧な。こんな上司、とっってもいい!
と、言われたはいいものの。
「ここにあるコーヒーメーカー、いつでも使えるから好きな時に使ってね。紅茶もあるよ。えっと、今はアールグレイ、アップル、ジャスミン、、かな。」
「大我、ジャスミン淹れて。」
「瑠鬼さん自分でやってくださいよ。」
「いいじゃんついでだし」
まず始めに教わったことはコーヒーメーカーの場所とレパートリー。
仕事に関係あるかないか微妙なところ。
しかし、さも当たり前のようにして一番に紹介し、それをとがめる様子も一切見せない上司たち。
これで、あってる、のか。
「もー。しょうがないなー。明華さん何がいい?」
「いえ、自分でやるので…」
「いいの、ついでだからね!」
「では、お言葉に甘えて。アールグレイで。」
押しに負けてしまった。
「アールグレイね。了解。」
というわけで当たり前のようにお茶を出された。
「んーとねー、この奥に相談室があってー、ちょうど学校の教室みたいになっててー、一対一で話しやすいような空間になってるよー。直接来てくれた人はその部屋に通してね。あとはネット相談とか、お手紙とかいろいろあるからそのツールで返事すれはいいよー。」
「面談にも指名制があったりもするので、相談主さんの要望にできるだけ沿うように寄り添ってあげてください。」
「どんなに間違ってると思っても、頭ごなしに否定するのはだめだ。どんな話であれ、ちゃんと最後まで聞け。」
お茶よりこっちの方が重要じゃないですかと、そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。
全体的に説明もふわっとしてて「そんな感じねー」とかいううっすい感想しか浮かばない。
この職場は完全に午後の優雅なお茶会の場と化した。
「新年度の一か月くらいは基本お悩み相談来ないので。ゆっくりお仕事覚えていってくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」
よろしくお願いしますと頭を下げたら怒られた。
ここに来た相談主さんが余計なことを考えなくていいように、上下関係は消す。それがここのオフィスのルールらしい。
それを一番先に言ってくれよ…
「ってわけだから!」
どういうわけですか!?
この和やかな雰囲気の中でお茶を飲みながらひたすらに説明を受けた。
どれも簡単なもので、どれもふわっとしていた。
「あ、時計作らなきゃ!鬼野さん、明華さんの時計!」
「そうでした。オーダー出しておきましょう。」
「デザインはこれ。4種類あるから選んでー。ちなみに僕はこれで、鬼野さんはこれで、瑠鬼さんはこれ。」
いきなり出されれたパンフレット。
各部署に割り当てられた色ごとに4種類ずつデザインがあるらしい。
どうやら皆さん違うデザインの時計をつけているよう。
デザイン統一じゃないところが変に手間かかっててなんだかおかしい。
来た時から思ってたけど、地獄って要らないところに要らない手間かかってること多くない!?
そうツッコミを入れる暇さえなく、グイグイ押し出されるパンフレット。
もうこうなったらこの部署のデザイン、4種類コンプしたろ。
「えっと、これがいいです。」
「イェーイコンプー!」
驚いたことに一番に喜んだのは瑠鬼さん。
「やっとコンプリートですか。長かったですね。」
「よかったです!」
コンプリートしたのはたぶん相談室の中では史上初。
なぜこんなに喜ぶのか、不思議に思っていると鬼野さんから説明があった。
「4種類コンプリートするということは、それだけ社員がそろっているということになりますし、テンション上がるじゃないですか。」
9人だったこともあるこの部署だが、その時でさえ4種類コンプリートはなかったという。
それが、4人体制の今揃ったことはたくさんの人がいる中で揃うよりもテンションが上がるらしい。
子供か!
届くのは1週間後。どうやらその時計には社員証の役割もあるようで、それまでは簡易的な社員証でいいらしい。
社員証が組み込めまれているとか、やけに現代的。
とまあこんなぐあいで史上最少人数、地獄カンパニーの中でも異例の少なさであるこの部署は、たった4人、うち鬼二人で今年度の業務を開始した。
同時に、私の地獄社会人生活もスタートとなった。
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