六、曾参

母指纔方噛 児心痛不禁

負薪帰来晩 骨肉至情深


母指ぼしわづかまさに噛む 児心じしん痛んでまず

たきぎを負うて帰来することおそし 骨肉情の深きに至る


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 曾参そうしんが或る時、山中へ采薪たきぎひろいに出掛けていて、母が留主居をしていると、彼の朋友が訪ねてきた。母はもてなしたく思うたものの、息曾参そくそうしんは不在で、のみならずもとより家もまどしくて思うに任せない。曾参そうしんよ早く帰って来ておくれと、母は自らの指を噛んだ。

 その頃、曾参そうしんたきぎを集めている最中さなかにあったものの、にわかに胸騒ぎのしていそ帰蓽きひつしたので、母はこの間の有姿ありすがたつぶさに息子に語り聴かせた。

 斯様かように指を噛んだ母の痛みに、遙か山中の息子が応じたは孝行の極みであって、親子しんしの情の深き徴憑しるしである。べて曾参そうしんの孝は他人ひととは異なり、心と心で通ずる孝の在り方を示している。おくぶかき道理のあることに相違ない。


【備考】曾参そうしん:孔子の弟子。あざな子輿しよ。『孝経』の著者ともされる。

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