第8話


 グール・メイジは激しい怒りに燃えていた。


 先ほど飛来した大剣によって大きなダメージを受けたが、それさえも気にならないほどの激情が心中で渦を巻く。


 今の状態は瀕死と言っても過言では無い。

 大剣が直撃したことで、全身の肉がズタズタとなり、大半の骨が砕けてしまっていた。


 通常の魔物なら、それほどのダメージを負えば絶命してしまってもおかしくはない。


 だが、グール・メイジはダンジョンマスターだった。

 迷宮から常時魔力を補給することで、極めて高い再生力と生命力を獲得していたのだ。


 ゆえに、時間が経てば受けたダメージも全て回復する。


 だが現状では受けたダメージが大きいため、未だ傷の半分も回復していない。


 しかし、自分のすぐ近くにはあの侵入者がいた。


 人間でありながら魔物を圧倒する膂力、スピード、そして頑丈さ。


 その全てが規格外だ。


 相手はここに来るまでの間、大して疲労も負傷もしておらず、対する自分は満身創痍。


 絶対絶命の危機だった。


 だが、それがどうした。

 そんなものは今この瞬間には関係ない、とばかりにグール・メイジは立ち上がる。


 思い出したのだ。

 高位の魔物として、そしてダンジョンマスターとしての矜恃を。


 たとえ相手にどれほどのアドバンテージがあったとしてもそれによって下等種族である人間如きに、いいようにされていい理由には決してならない。


 グール・メイジは目の前の強敵を強く睨みつける。


 今この場において捕食者は、自分だ。

 貴様のような人間では、断じてない。


 ――今この瞬間から理解させてやろう。そして、しかと骨の髄に刻みこむがいい!!


 グール・メイジは杖を構えた。

 そして、魔法を発動させる。


【火炎魔法――フレイムジャベリン】


 先ほど発動させた火矢よりもさらに強力な炎の槍を生み出す。


 それは直撃した相手が一瞬で消し炭になるほどの高い威力を有している、グール・メイジが使える【火炎魔法】の中でも一番強力な魔法だ。


 魔力の大半を注ぎ込み、巨大な槍へと変える。

 迷宮から供給される魔力も可能な限り炎槍へと注ぎ込んでいく。


 これほどの大きさならば、いくら侵入者と言えども無事では済まないだろう。


 グール・メイジはそう確信し、狙いを定めて投擲する。

 目標は、あの憎き侵入者の人間。


 この距離では外すことはない。


 ――喰らえ!!


 だが炎槍を手放した瞬間、侵入者の人間の魔力が急激に高まった。


 ――何かするつもりか? だが、この後に及んで一体何を……。


 訝しむグール・メイジを前に、侵入者は魔法を発動させたのだった。


『――【錬金魔法――インスタントオーダー】』


 そして突然グール・メイジの目の前に、大きな石壁が現れた。地面から勢いよく生えるようにして。


『……は?』


 放った炎槍はそのまま吸い込まれるようにして石壁に着弾する。

 そして、グール・メイジの至近距離で爆発したのだった。


『ピ、ギィアアヤヤヤアッ!!!』


 轟と炎が瞬く間に燃え広がり、グール・メイジを呑み込んで周囲をことごとく燃やし尽くした。



 ♢♢♢



 今のは正直危なかった。


 最初は、グール・メイジの攻撃を真正面から受けるつもりだった。


 どれだけ大きい炎の槍でもアダマンタイトの鎧なら燃えることも溶けることも無いだろう、耐熱耐性もばっちりだし、とそう思っていた。


 けれど、土壇場で運良く気付いてしまったのだ。


 人間である以上、酸素が無ければ死んでしまうということに。


 酸欠は、鎧では防げないのである。


 炎の中では呼吸が出来ない。

 呼吸が出来ないなら、どれだけ鎧が丈夫でも意味がない。


 まずい、このままだと死ぬかも。


 僕はそのことを思い出し、慌てて切り札の錬金魔法を使う。


 即席で地面から石壁を作り出して、攻撃を遮ることにしたのだ。


 念を入れて二枚同時に作り出す。


 一枚目は、自分の目の前に。

 二枚目は、グール・メイジの目の前に。


 前者は防御用で、後者は自爆用だ。


 僕の目論見通り、グール・メイジは甲高い悲鳴を上げながら炎に飲み込まれていった。


 対して、僕は何とかノーダメージだ。

 少し息苦しくなったけれど、どうにか無事だった。


 炎が晴れた後、魔蟲を出して壁の向こうを視てみると、グール・メイジの目の前に出した石壁は半ば溶けて崩れかかっていた。


 凄い威力だ。

 炎の勢いも強かったし、やっぱり正面から受けなくてよかった。


 僕は内心胸を撫で下ろしながら、グール・メイジの生存を確認する。


 グール・メイジの姿は跡形もなく消滅していた。


 まあ、至近距離であの爆熱を受けたのだからそうなるだろう。


 むしろ、無事だったら凄い。尊敬して土下座すると思う。


 僕は、そう思いながら魔蟲も使って隅々まで探していくと、丁度グール・メイジが立っていた場所にある物が転がっていたことに気付く。


 それは死霊騎士の時にも見た魔石だった。


 どうやらグール・メイジの魔石だけはあの爆発にも耐えて残っていたらしい。


 なかなかの頑丈さだ。


 甲子園の砂みたいな気分で記念に持って帰ろうかな、魔石一つくらいなら大丈夫だろう、と一瞬思いかけたその時だった。


 パキリと、魔石に罅が入り、あっという間に砕けてしまう。

 魔石は、粉々になるとそのまま塵となって消えてしまった。


 そして次の瞬間、突然ダンジョン全体が振動し始めたのだった。


 あれ、地震かな……?

 でも、何だかやばそうだ。


 揺れはどんどん大きくなる。

 このままいけばこのダンジョンが崩れてしまうのでは、と思うくらいの豪快な揺れ方だ。


 うん、駄目っぽいなこれ。

 逃げよう。


 僕は危機感を覚え、全力で来た道を戻ることにしたのだった。

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魔物に全てを奪われた復讐者……というキャラ設定でダンジョンを片っ端から潰してみた結果 雨菜水 @kagamima

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