第7話

 ダンジョン地下三階層。その最奥。

 そこには古ぼけた玉座があり、一体の魔物が深々と腰を下ろしていた。


 その魔物は、グール・メイジと呼ばれる魔法を使う強力なアンデッドだ。


 そして、このグール・メイジこそが正真正銘、空き家内のダンジョンの作成者であり、魔物たちの主マスターであった。


 グール・メイジは、自身の迷宮ダンジョンに侵入者が現れることを大いに歓迎していた。


 ダンジョンマスターにとって迷宮とは、自身の力と栄光の象徴である。


 侵入者を撃退し、糧とすることで迷宮は大きく成長を果たすのだ。


 迷宮が育てば、一心同体のダンジョンマスターも強化される。


 ゆえに規模の大きな迷宮を持つということは、それだけの力を有しているのだという証左に他ならない。


 無論、大気中の魔力を取り込むことでも迷宮は成長する。

 だが、この世界の魔力では大した成長は見込めない。


 作成したばかりの迷宮では魔力の蓄えが少なく、それゆえにほとんど何も出来ないのが悩みの種だった。


 やはり侵入者の存在が必要不可欠。それも急務だ。


 そう思っていた矢先、好機は訪れる。


 侵入者が現れた。


 ダンジョンを通してその姿を確認する。


 一人で、しかも人間の子供。しかし見たところ、保有している魔力量はなかなか高そうである。


 悪くない。


 そう判断したグール・メイジは侵入者の元に配下の魔物を向かわせる。


 ダンジョンマスターであるグール・メイジの影響を受けているので、基本はアンデッドしか迷宮内では生み出せない。

 脆く鈍いという弱点はあれども、アンデッドには痛覚と疲労が存在しないという何よりの強みがあった。


 作戦は至極単純。


 数で押し潰す。そして疲弊し、弱ったところを狙う。

 それが最上だ。


 グール・メイジは自身の勝利を信じて疑わなかった。


 だが、その好機は瞬く間に危機へと変わることとなる。


 向かわせた配下の魔物が尽く、その人間に対して歯が立たなかったのだ。


 雑兵であるグールやスケルトンは勿論、かなりの魔力量を消費して生み出した死霊騎士も雑に蹴散らされる始末。


 慌てて魔物や罠を新しく配置するも、その効果は梨の礫である。


 しかも、時間稼ぎとして設置した宝物や魔物の体内に生じた魔石に一切の興味を持たないのだから、迎撃に必要な準備時間が圧倒的に足りない。


 侵入者は淡々と配下の魔物を殺戮しながら近づいてくる。


 その速度は凄まじく、まるで構造の全てを把握しているかのように、最短経路でこちらに向かってくるのだった。


 グール・メイジは恐怖する。


 何なのだ、この人間は。


 相手は、ただの人間であるはずなのに。

 その実力も行動理由も自身の理解の範疇を大きく超えている。


 そして、二体目の死霊騎士が玩具のように弄ばれたことで、ようやくグール・メイジは自身の敗北を悟ったのだった。


 グール・メイジの敗因は相手が子供だと侮って、力量を見誤ってしまったことにある。


 しかし、ただの人間の子供があの死霊騎士さえも瞬殺する力量を有しているとは、一体誰が想像出来ようか。 


 グール・メイジは驚嘆するしかない。

 なんて力のあるパワーを持っているのだと。


 段々とアンデッドであるはずが、緊張で腹痛が痛くなってくる。

 だが、現在においてそのような体の不調など気に留めている余裕など無い。


 もう二階層を突破されてしまったのだ。後が無い。


 グール・メイジは理解する。


 つまり、ここにいては危険が危ない。逃げなければ。


 少しでも長く留まっていれば、きっと自分はあの青の小型ゴーレムもどきの人間に狩られてしまうと悟り、グール・メイジはすぐさま逃げ支度を始めた。


 だが、その選択をするには手遅れであった。


 ふと、グール・メイジは頭上から虫の羽音が聞こえることに気付く。


 虫? 虫型のアンデッドなど出した覚えは――


 瞬間、背筋が怖気立った。


 まるで、喉元にナイフを突きつけられているかのような感覚に襲われる。


 頭上に慌てて視線を向ければ、一匹の魔蟲がこちらを凝視していたのだった。


『っ!! 【火炎魔法――ファイアアロー】!!!』


 即座に魔法を発動させて、魔蟲を焼き払う。


 グール・メイジの魔法の矢は、必殺級の威力を誇っていた。

 ゆえに、魔蟲は跡形もなく消滅する。


 だが、事態が好転することはない。


 何故なら、その魔蟲こそが侵入者の操る斥候であったからだ。


 つまり、


『あがぺっ!!』


 突如グール・メイジ目掛けて凄まじい速度で大剣が飛来し、避ける間もなく直撃したのだった。



 ♢♢♢



 このダンジョン、どうやら三階層で打ち止めだったらしい。

 最奥まで魔蟲で到達したけど、これ以上下に続く階段は見当たらなかった。


 その代わり、他の階層では見なかった魔物がいた。


 ブヨブヨな肌をした、鋭い牙を持つアンデッドだ。


 おそらく屍食鬼グールだろう。

 ボロボロのローブを着ているし、杖も持っているからもしかしたら魔法使いかもしれない。ならグールじゃなくてグール・メイジってところかな。


 王様とかが座ってそうな椅子に偉そうな態度で腰掛けてたし、階層守護者では無さそうな雰囲気だ。


 多分このダンジョンのラスボスだと思う。


 やったぜ。ぶった斬ろうっと。


 僕は、魔蟲を遠ざけてしばらく様子を見ようとした。

 けれど運悪く見つかってしまい、魔蟲は魔法で消されてしまった。


 まあ問題ない。

 位置は完全に把握しているし、手の内も見れた。


 魔蟲一匹でなかなかの収穫だ。


 あ、それとちょっと遠いけど、一応試してみようかな。


 僕は投槍の要領で大剣を思いっきりぶん投げる。


 投げた大剣は、壁に何度もガツンガツンとぶつかって跳弾しながら目的まで飛んでいく。


 数秒後、魔物の短い悲鳴が聞こえた。


 お、この感じちゃんと当たったっぽいな。


 上手くいくかどうかほぼ賭けだったけど、何事もチャレンジしてみるものだ。


 あ、そういえば、何か逃げようとしている感じだったな。


 なので急いで走る。


 最奥まで辿り着くと、そこには地面に跪いてプルプルしているグール・メイジがいた。


 それと玉座は大破していた。大剣が直撃したからだと思う。まあ仕方ないね。ごめん。

 でも、君が悪いんだよ? だって、僕から逃げようとしたから。僕はこんなにも君と会いたかったのに。


 僕は内心ヤンデレみたいな思考を浮かべながら、近くに落ちていた大剣を拾い上げる。


 すると丁度その時、グール・メイジは、ふらふらしながらもゆっくりと立ち上がった。


 見た感じ、もろに直撃したはずなのに。


 回復が早い。さすがラスボスだ。

 僕は内心満足気に笑う。


 対するグールメイジは、まるで僕を仇のように睨みつけてくる。


 奇遇だね。僕の仇は、君たち魔物なんだ。


 僕は大剣を構えた。


 グール・メイジも杖を構える。


 そして、このダンジョンにおいて最後の戦いが始まった。

 

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