本編
〈本編〉
◯スポット1 旧開智学校敷地内(音声スポット)
※現在、耐震工事で閉館中(本年秋開館予定)だが、敷地内に無料で入れる場所あり。
自分が見えているとわかった少女は話を続ける。
「あなた、珍しいわね。みんな、あたしのこと見えないみたいなんだあ……あたし、〝絹子〟っていうの。あたしね、この学校の生徒だったの。でも、病気で死んじゃった。つまり今は幽霊ってことね。だから、ほとんどの人には見えないの。驚いた?」
さらっと自分が幽霊であることを告白した少女は、悪戯っぽく笑いかける。
「ねえ、あなたに頼みがあるの。あたし、友達との約束を果たすために行かなきゃいけない所があるんだけど、その場所を一緒に探してくれないかな? これはね、あたしが見えるあなたにしか頼めないことなの!」
そして、驚くこちらの心情などおかまいなく、突然にも頼み事を始めた。
「もともとこの開智学校はこことは違う場所にあったんだけどね。新しい学校を建てる時に、古くて貴重な建物だからってここへ移されたの。思い出のある校舎だったから、気づくとあたしもここにいたんだけど、もとあった場所に行かなくちゃいけないの。でも、幽霊になっちゃったんで、そこがどこだかよく思い出せない……だからお願い! その場所を探して、あたしをそこへ連れて行って!」
どうやらその少女の霊は移築復元される前の、本来、旧開智学校の建っていた場所へ行きたいらしい。
「確か、この校舎はお堀みたいな水辺に建っていたはず……それにぼんやりだけど、お城の西側に学校みたいなのがある風景を憶えてるの。まずはお城の方へ向かってみて」
こちらが了承するのも待たず、勝手に具体的な話を始めてしまう少女。
「ねえ、連れてってくれるよね? もし連れてってくれないんなら、一生あなたに取り憑いて離れないんだからね?」
さらに少し怖い声色でそう脅しをかけてくる少女の霊に、半ば強制的にその場所探しを手伝わされる羽目になるのだった──。
◯スポット2 松本城北側お堀・道を渡って松本神社前付近(音声スポット)
「ここは松本城の北側だね。学校みたいなのが見えたのは西側……つまり、ここから左の方へ行ってみて。ちなみに早く向かった方がいいよ? ここら辺も昔、戦があったみたいだから、戦で死んだ武士達の霊がうろうろしてるんだぁ……」
少女の言葉に続いて、「ううぅぅぅ…」という武士の霊の呻き声や「ワァァァーッ…!」という咆哮、ガシャガシャいう甲冑の音、馬の嘶きなどが聞こえる──。
◯スポット3 日本銀行松本支店前、あるいは松本市役所本庁舎(西側の庁舎)前でも(音声スポット)
※注)付近にある
「やっぱり。開智みたいに白い壁の、上に塔が乗っかってる大きな学校があるわ……あなたにも見える?」
その場所へ到着すると少女は周囲を見回しながら、土地の残留思念でも見ているかのように語り出す。
「それに、大きなお兄さんの学生さん達がいる……」
また、そんな少女の言葉に続いて……
「君、昨日の授業の復習はしてきたかい? 今日はそれにまつわる抜き打ちの試験があるようだ」
「僕が教師になった暁には、より進歩的な西欧の教育法を導入するつもりさ」
などと、男子学生達の声も周辺を行き交っている。
「でも、ここじゃない……師範学校って看板に書いてある。先生になる人達の通う学校ね……そういえば、お堀を渡ってお城の中にも学校があったのを思い出したの。今度はそっちに行ってみましょう?」
だんだんと記憶を取り戻しつつある少女の言葉に促され、今度は松本城の敷居内へと向かう──。
◯スポット4 旧松本市立博物館前(音声スポット)
※新博物館が開館したことで現在閉館中であり、近々取り壊し予定。
お堀を渡り、松本市役所西庁舎前にある太鼓門を潜って左へ進むと、昭和を思わす古いコンクリ作りの旧博物館が見えてくる。
「うわあ! さっきよりももっと開智とそっくりな学校がある! それにちょっと歳上の子たちもいっぱい!」
またも土地の記憶を読み取り、感嘆の言葉を口にする少女。
すると周囲からは「ワァー…!」という子供達の歓声や、カーン…! と木製バットでボールを打つような音が聞こえ……
「走れ走れ〜! 回れ回れ〜!」
「敵のヒョーロクダマどえらくなぐれ〜! 天守閣まで打ち上げろ〜!」
などと、声援や応援歌(※後身である松本深志高校に聞けば節もわかります)も湧き立っている。
「でも、ここには男の子しかいない……すごく開智に似てるけど、やっぱりここでもない……そうだ! 開智はお堀じゃなくて川のほとりに建ってたんだ。お城の南側に
また新たな記憶を取り戻した少女は、そう言って今度は城の南側へと誘う──。
◯スポット5
旧松本市立博物館の前から南へ真っ直ぐ伸びる城下町のメインストリート〝大名町通り〟を下ってゆくと、女鳥羽川にかけられたモダンなデザインの橋へ突き当たる。
「この橋……思い出したわ! この千歳橋を渡った先に開智学校はあったの。この橋の上をたくさんの人や馬車が行き交っていたわ」
その欄干にランプの付いた近代を思わす橋を眺め、少女はさらに記憶を鮮明にする。
少女の言葉につられるようにして、周囲からは往来の人々の話し声や馬車の通る音、往時の街の雑踏も聞こえてくる。
「この先に開智学校が建っていたはずよ。さあ、早く行きましょう!」
その幻の雑踏の中、少女に急かされて千歳橋を対岸へと渡る──。
◯スポット6 時計博物館前(音声スポット)
※もっと西側に「旧開智学校跡」の石碑がありますが、時計博もかつての敷地内に当たります。
「ここだわ! ここに間違いない。もともとはここに開智学校が建っていたのよ!」
巨大な振り子時計型をした時計博物館……その前にたどり着くと、少女は嬉々とした声で告げる。
「ほら、耳をすましてみて。みんなの声も聞こえるよ……」
少女の言葉に促されて耳を傾けると……
「絹ちゃん、待ってたよ!」
「絹子、やっと学校来れたんか?」
「これで絹ちゃんとも一緒に遊べるね!」
などと、歓迎する子供達の無邪気にはしゃぐ声が聞こえてくる。
「あたしね、必ず病気を治してまた学校行くって約束してたのに、お休みしたまま死んじゃったから、みんなとの約束を果たせずにいたの。でも、あなたのおかげでその約束が果たせたわ。これでもう思い残すことはない。安心して向こうの世界へ行ける……どうもありがとう。そして、さようなら……」
子供達が学校で遊ぶ声が響く中、事情を説明すると礼を述べ、別れを告げる少女。
「でも、もしあなたがよかったら……あたし達と一緒に来ない?」
だが、最後に少し怖い声でそう付け加えると、他の子供達の「一緒に行こう」というたくさんの声も不気味に連続して響き渡る……。
(旧校舎の少女 〜学校跡地を巡る旅〜 了)
旧校舎の少女 〜学校跡地を巡る旅〜 平中なごん @HiranakaNagon
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