エピローグ

 ――残像が弾けた。

 女の子が、泣いている。

「愛来のせいで、モコが死んじゃった……っ」

 悲痛な声だった。

 パッと映像が切り替わる。

 静寂の中、ぱら、と紙が擦れる音がする。

 セーラー服を着た女の子が、教室の隅で本を読んでいる。その横顔に表情はなく、ちょっと近寄り難い。

 でも、僕は。

 僕だけは知っている。君のこと。

 不思議な能力に翻弄され、孤独を選ばざるを得なくなった女の子。

 ひとりぼっちで、その小さな体で、大切なひとたちを必死に守ろうとしているとても勇敢な女の子だ。

 大丈夫。僕は、知ってるよ。

 僕は、そばにいるよ。

 君をひとりにはしないよ。

 だから、笑って。僕にもっと、その無邪気な笑顔を見せて。

 カラフルな喧騒が飛び交う教室。その片隅に、僕は走る。

 小さな肩を、

「おはよう!」

 と言ってぽんと叩く。

 驚いて振り返った女の子が、僕を見てふっと表情を緩ませた。

「ひなたくん」

 気を許したその笑みに、僕の心はどうしようもなく高揚する。

「おはよう、ひなたくん」

 何気ない朝の挨拶は、全身に血が巡るように、僕の胸を満たしていく。

「おはよう、愛来」

「ねぇひなたくん、昨日のドラマ観た?」

「観た観た! おかげでちょっと寝不足でさぁ」

「私も。でも気になっちゃってさ……」

 椅子を引きながら、教科書を机にしまいながら、会話は続く。

「そういえば今日の英語、ひなたくん指されるよね」

「えっ! そうだっけ!? やば、訳してないよ!」

「だろうと思った。私やってきたから、写していいよ」

「ありがと愛来〜!!」

 手袋をしていない手から伝わってくる君の体温は、僕に穏やかな残像を送り続ける。

 あぁ、僕は幸せだ。

 こんな幸せな夢の中で逝けるなんて。

 閉じた目元に溜まっていた涙が、ゆっくりとこめかみを滑り落ちて、まくらに染みを作っていく。

「ひなたくん」

 愛しい声が、僕を呼ぶ。

 僕は力を振り絞って目を開けた。すぐそばに、僕を見つめる愛来がいた。泣きそうな顔の愛来に、僕は言う。

「わら、って」

 愛来が泣き笑いのような顔を浮かべる。感情が溢れ出したその顔に、僕もつられて笑みを浮かべた。

「やっぱ……笑顔、可愛い」

 すると愛来は、「バカ」と目元を拭いながら笑った。

 あのときひとりぼっちで泣いていた女の子が、能面のように感情を捨てていた女の子が、今はこんなにも表情豊かに。

 あのとき伸ばしても届かなかった僕の手は今、しっかりと彼女に触れている。

 あぁ、僕はなんて幸せなんだろう……。

 生まれてきてよかった。

 君に会えてよかった。

 君を好きになってよかった。

 この力があってよかった。

 そう確信して、僕は安らかに眠りについた。

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青春×アミュレット 朱宮あめ @Ran-U

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