番外編

 昔から何故か兄王と次兄は、腹違いで随分と年の離れた俺を可愛がってくれていた。

 長兄は当時すでに王位を継いでいたのに、俺が離宮にいる間は半年に一度は必ず顔を見に来ていたし、次兄は毎月必ず会いに来ていた。

 今思えば、次兄はともかく兄王はどうやって時間を捻出していたのか不思議だ。


 俺が辺境伯の養子になってからは、何かと気に掛けてくれる兄王が辺境まで伝令騎士を遣い、定期的に連絡をくれている。

 辺境の情報を伺う内容や国としての情報だけでなく、たまには顔を見せに王都へ来てほしいという内容まで書かれていた。


 辺境伯を継ぐ前に、十代後半で王都に騎士の勉強に行くことになったのも、兄王の意向だった。最初は王城に部屋を用意すると言われたが、断って辺境伯家が所有するタウンハウスに滞在した。

 そのとき、乳兄弟であるロバートと再会できるように手配してくれたのも兄王だったと、後から知った。


 兄王にも次兄にも感謝しているが、王都とハリストン辺境伯領はあまりにも遠い。

 辺境伯を継いでからは一度も王都に行く余裕がなかった。


 今回の王太子殿下の婚約発表の夜会も来るように言われていたが、元々行くつもりはなかった。

 それが、マリアベルと一緒にと言われたら、流石に断れない。


 そして、どこから情報を得ているのか、王都に着いたらすぐに使者が来て王宮へと呼ばれた。

 王の執務室へと通されたら、王の他に次兄である騎士団長と宰相もいた。

 久しぶりに会った兄王も次兄も、幾分老けたが元気そうだ。


「ライオネル!久しぶりであるな」

「ライオネル!息災であったか?」


(二人してその広げている腕はなんだ?まさか、再会の抱擁を求めているのか?……無理だろ)


「……お久しぶりです。何か話があるのではないですか?」

「つれないな。ライオネルは」

「小さい頃は『あにうえ』って舌っ足らずに言うところが可愛かったのになぁ」

「…………話がないのなら帰ります」


(今日はマリアベルと一緒に寝たいと思っていたのに、無駄な時間だ)


 踵を返すと「待て!大切な話があって呼んだのだ」と言われたので、ソファに座る。

 大切な話というのは、王太子殿下廃嫡計画という驚きの情報を掴んだという話だった。

 その後、宰相から詳細を聞かされた。


 結局、王宮を後にしたのはかなり遅くなってからだった。


(マリアベルはもう寝ただろうな。ちゃんとあの寝室のベッドで寝ているだろうか)


 マリアベルに俺と一緒に寝るのはあり得ないと言われたことを思い出すと、不満を感じる。

 数か月後には夫婦になるのに、あり得ないというのはどういうことなのか。


 タウンハウスに戻ったら軽く食事をした後、湯あみをして夜着に着替える。

 寝室のドアをそっと開くと、中は暗かった。


 静かに寝室に足を踏み入れると、落ちそうなほどベッドの端で丸まって寝ている人影がぼんやりと確認できた。

 居室のソファで寝ている可能性も考えたが、ちゃんとベッドで寝てくれたことに、先ほどまでの不満感が消えていく。


 暗い中ベッドのそばまで行くと、ベッドで寝ているのがマリアベルであると視認できた。


 季節はもう秋だが、暑かったのだろうか。

 上掛けが剥いだような状態になってくしゃっと体の横にたまっているのに、マリアベルは何も掛けずに寒そうに丸まっていた。


(子供か……)


 僅かに月明りが差し込むだけの暗い寝室にも目が慣れてくると、夜着がはだけて露になった足に気付いた。

 煽情的なそれについ目が行ってしまうが、努めて見ないようにした。


 ベッドに入り、端っこで落ちそうなマリアベルを引き寄せてから上掛けを掛ける。

 すると、温もりを求めてかマリアベルがすり寄って来た。


 少しひんやりと冷えてしまっている体を抱きしめてやると、満足げに笑みを浮かべているのが見える。

 寒くて力が入っていた体も弛緩したようだ。


 俺は、女性と一晩共寝するのは実は初めてだった。


 小さく柔らかく、甘い香りがする。

 女性を抱いて眠ることが、こんなにも安らぎを与えてくれるものだとは思わなかった。

 移動の疲れもあって俺はあっという間に眠りに落ちていた。


 俺の朝は早い。

 辺境伯騎士団長として毎朝の鍛錬を欠かさないせいか、タウンハウスであっても習慣で早朝に目が覚めた。


 ふと目が覚めたときにいつもとは違う、違和感を覚えて視線を下に向けてみる。

 マリアベルを抱きしめて寝ていたようだ。

 寝たときに抱きしめたまま朝を迎えたのかと思ったが、マリアベルは背を向けて寝ていたのでずっと抱きしめていたわけではないのだろう。


 目の前にあるマリアベルの細いうなじに顔を寄せてみると、甘い香りがした。

 朝から誘われそうな香りだ。


 一度ベッドから出て窓の外を確認したが、外はまだ薄暗い。

 習慣の鍛錬をするにも、まだ少し早いだろう時間だった。


 タウンハウスは辺境のような環境ではないので、できる鍛錬も限られている。

 あまり早くから鍛錬を始めても時間を持て余す。


 鍛錬はもう少し明るくなってから開始することにし、一度ベッドに戻る。

 まだ多少寝ぼけ気味でもあったため、マリアベルの金糸のような髪に指を絡めて弄んでいた。

 すると、マリアベルが寝返りを打って俺の方を向いた。


 薄っすらとマリアベルの目が開いている。


(起きたのか?)


「ライ……ネ……さま…………」


 名前を呼んで「ふふふ」と笑ったと思ったら、また瞳が閉じられて規則正しい寝息が聞こえてきた。


(寝ぼけていたのか?寝ぼけて名前を呼ばれるとは。……意外と良いものだな)


 ふわりと抱きしめると昨夜とは違い、マリアベルからもぎゅうと抱き着いて来た。

 頭を撫でてやると、マリアベルの腕の力が僅かに強まったのを感じる。

 寝ていても甘えてくるとは可愛い奴だと思っていると、マリアベルがもぞもぞ動きだした。

 苦しかったか……と、腕の力を弱める。

 逆にマリアベルの腕の力が強まった。


 上半身は隙間がないほどにぴったりと密着しているではないか。

 少し離れようとすると、今度は足まで絡められて一層密着してくる。


(朝からこれはまずいかもしれない)


 そう思っていると、マリアベルが頭をすりすりと摺り寄せてきた。

 首を振る振動で、密着した体の柔らかさが余計に伝わってくる。


(……っ!だめだ!)


 マリアベルをバリっと引きはがし、水を浴びに行く。


 水浴び後、精神統一のために結局いつもより早い時間から鍛錬を開始した。

 そして、本日二度目の湯あみをした後、何食わぬ顔をして朝食を食べに行った。


 平然と爽やかな朝を装っていたが、何も覚えていなさそうなマリアベルを少し恨めしく思うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷酷と噂の辺境伯へ王命で嫁ぐことになりました サヤマカヤ @amayas

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ