第55話

「それで、マリアベルとはどうなのだ?」

「どうと申されましても」

「可愛かろう?愛らしかろう?」

「確かに、純粋に育っていて可愛らしい娘だと思いますが」

「……それだけか?」


 マリアベルと共に王宮に呼ばれたあの日。

 王弟であることを公表することなどを話し合った後、国王はおもむろに話を変えてきた。

 王の急な話題転換に、思惑がなんなのか探るように答えるしかない。

 国王が片眉を上げて見てくるのも気になる。


「そういや、マリアベルは今ウィリアムと一緒だったな?」

「……いまさら殿下は何の話があるのか。もう婚約者候補でもないのに」


 マリアベルが王太子殿下に呼ばれたことが納得できない。

 思わず眉間にしわを寄せてしまい、不機嫌さが隠しきれていなかった。

 王太子の気持ちは幼い頃に見たからわかっている。だからこそ、いまさら感がある。


「幼馴染同士なのだ。それくらいは大丈夫だろう」

「いまさら二人きりで会うなど、未練がましいではないですか。だいたい今は俺の婚約者なのですよ」

「―――そう嫉妬するな」

「は?嫉妬?」

「嫉妬ではないのか?マリアベルがウィリアムと会うことが気に入らないと言っているように聞こえるぞ。まぎれもなく嫉妬ではないか」

「…………」


 国王はクククッと愉快そうに笑っていたが、俺は愕然としていた。

 口に手をやって俯くしかない。


 俺は、マリアベルのことを守るべき可愛い存在で、妻になるのだから守らねばならない対象である――と、自分では思っていた。それが当主であり夫の務めだから、当たり前のことだと思っていた。

 が、それが恋心で愛ゆえとは気付いていなかった。


(まさか、兄から言われて気づくとは……俺は馬鹿だな……)


「なんだ、自覚なかったのか?―――愛する者と添えるのは幸せなことよ」


 自分の気持ちを自覚して、落ち着かない気分になっているところに、「それでだな!」と国王の明るい声が届く。

 そして、結婚式は王都の大聖堂で行うように言われるのだった。


 俺たちの結婚式まであと数ヶ月。



 ≡≡≡≡≡



 夜会では毒に倒れたマリアベルだったが、すっかり元気に元通りの姿を見せてくれている。

 毎日フレアと一緒に領主邸の敷地内をあちこち歩き回って散策している。


 以前、ライオネルが婚約したことを辺境騎士団の面々に話していなかったせいでちょっとしたトラブルが起こった。それも今は、周知されたためにそんな心配もない。

 むしろ、騎士団総出でマリアベルの散策を見守っているような状態だった。


「マリアベル様、先ほど訓練場の横を通って行かれた」

「午前中は畑にいらした。可憐で舞い降りた天使のようだった」

「ふふんっ。俺は昨日話しかけられた!」


 マリアベルから話しかけられたと胸を張る騎士と羨ましそうな周りの騎士たちは、もはや辺境騎士団内では定番のやり取りになっていた。

 なかなか適齢期の女性が側にいない環境に身を置いている辺境の騎士たちにとって、マリアベルは至上の癒しだった。

 しかし、その会話をライオネルに聞かれると地獄のようなしごきや辛い任務が待っているので、自慢するときは周囲を確認してからというのがお約束になっている。


「マリアベル様も可憐だが、意外と侍女の方もなかなかだよな?」

「俺も実は思ってた。ちょっと年いってるっぽいけど、いいよな?」

「わかる!え、もしかして結構狙ってるやつ多い?」


 絶対に手を出せないマリアベルよりも、使用人であるフレアのほうが騎士たちにとっては現実的。

 マリアベルを見守りながら、フレアを気にしている騎士は多かった。


 ライオネルに聞かれたら怒られると思ってこそこそと話していた騎士らは、近づいてくる人に気が付いていなかった。


「へぇ?」


 突如聞こえた低い声に、それまで話をしていた騎士たちが一斉に飛び上がってビシッと姿勢を正す。が、声の主をみとめると、一様に少し気を緩ませる。

 そこにいたのはライオネルではなくロバートだった。


 ライオネルよりも格段に冗談が通じるロバートに一瞬気を緩めた騎士らだったが、ロバートから発せられる不穏な空気を感じ取り、背中に冷たい汗が流れた。


(な、なんだ?なんで副隊長は怒ってるんだ?)


 辺境騎士団の騎士たちにとってライオネルが威厳たっぷりの厳しい父だとすると、フォローに回ることも多く、優しいロバートは母のような兄のような立ち位置だった。


 そんなロバートが今は何故か怒っている。

 いつもは優しく怒らない人のほうが怒ると怖いのが定石だ。


「今さぁ、マリアベル嬢の侍女さんの話してたよねぇ?」

「は、はい。していました」

「侍女さんのこと狙ってるの?」

「はぃ、いえ、あの……」

「ん?どっち?彼女、フレアさんって言うんだけどね。実はこのたび、俺の婚約者になったんだよね」

「なっ!? ず、ずるい……!」


 実は、ライオネルとマリアベルの陰で二人はひっそりと仲を温めていた。

 王都から戻ったフレアにロバートが結婚の申し込みをして、めでたく婚約が成立したのだった。

 タイミングさえ合えばだが、フレアがライオネルとマリアベルの子の乳母になる可能性も視野にいれ、二人もすぐに結婚する予定だ。


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