第54話
「みんなー!ただいまー!!!」
「おかえりなさいませ」
俺にエスコートされながらマリアベルが馬車を降りる。
すっかり元気を取り戻したマリアベルの声が、ハリストン辺境伯領主館前に響いた。
出迎えてくれた使用人一同もマリアベルの帰還を嬉しそうに迎えている。
マリアベルが笑顔の使用人一同の顔を見回してから、すぅ~~~~~っと目一杯息を吸った。
「はぁぁぁぁ……落ち着く。帰ってきましたね!」
嬉しそうに見上げてくるマリアベルを見ていると、思わず俺の頬も緩む。
相変わらず人好きのする笑顔でロバートも出迎えに来ていた。
「おかえり!いやぁマリアベル嬢にこの田舎が落ち着くと言ってもらえるのは嬉しいなぁ」
「騎士団のほうは問題なかったか?」
「うん!大丈夫。そっちは予定より遅かったけど、何かあった?」
「…………後で話す」
「ん?わかった」
当初は、二日間の夜会が終わったらその翌々日には王都を後にする予定だった。
それがマリアベルが毒に倒れたので、一週間程帰領を延ばしたのだ。
領を空ける期間が三週間程度の予定が四週間になっていた。
元々王都までは片道一週間かかるので、往復で三~四日程度の誤差は計算済みとはいえ、長旅になった――――
≡≡≡≡≡
犯人がわかった後、俺は王宮で密かに国王と面会していた。
「陛下はご存じだったのですよね?」
「二人きりのときは兄上って呼んでって言ってるのに」
軽口をたたく国王にイラッとして、睨み付けた。
「ごめん、そんな睨まないで―――知っていた。マリアベルのことも……」
「っ!何故!?知っていて何故!マリアベルを囮に使うなど!」
「ゴルバード公爵が怪しいと気付いたのは夜会一日目だったんだ。令嬢を泳がせておけば、黒幕にたどり着けるかもしれないと思った。なかなかしっぽを出さない公爵を引きずり出すには仕方がないことだった」
それを言う王は、兄の顔ではなく為政者の顔をしていた。
「しかし、陛下はマリアベルを可愛がっていたではないですか!だから、王太子殿下の婚約者候補から外れたマリアベルを、俺と結婚させようと思ったのですよね!?」
「そうだ。ライオネルならばマリアベルを幸せにできるだろうと思ったし、マリアベルならライオネルを幸せにしてくれると思った。しかし、それとこれは別の話だ。お前も、本当はわかっているだろう?」
言っていることはわかるが、受け入れられることではない。
今さら責めてもどうにもならないが、大人しく理解力のあるふりはしたくなかった。
「…………大切な者を囮に使われた者の気持ちはおわかりにならないでしょう」
「致し方なかった」
「王というのは辛い立場だとは思いますし、あのときはそうするしかなかったのも理解できないわけではありません」
「ライ……」
「しかし、許しません。我々の結婚式は予定通り領地の教会で挙げますので」
「なっ!?それは!」
それまで、苦渋の決断だったことがわかる表情で辛そうにしていた国王が慌てて立ち上がった。
実は、夜会の前に王に呼び出されたのは、王太子殿下廃嫡計画と王弟公表の件だけではなかった。
腹違いの弟と娘のようなマリアベルが可愛い国王は、俺たちの結婚式に参加したいと願ったのだ。
王弟だと公表すれば、結婚式は大々的に上げなければいけない。だから王都の大聖堂で行うようにと説き伏せてきた。
王都の大聖堂であれば、国王でも参列が可能になるからだ。
マリアベルが領地の小さな教会をいたく気に入っていたことを知っている。
あんな素敵な教会で結婚式を挙げられるなんて!大聖堂より好き!とすごく喜んでいたから、大聖堂での式になると言うと悲しむかもしれない……と憂慮していた。
しかし、俺が王弟であることが公表されるよりも、マリアベルが先に毒で倒れたことで場が騒然となり、公表どころではなくなってしまった。
よって未だに俺が王弟であることは、王家の秘密のままである。
「第一、王弟であることが公表されていないのに、いち辺境伯が王都の大聖堂で結婚式を挙げるのはおかしいでしょう」
「で、では!我が辺境へ行けばい――」
「断る!!!」
「なっ!?我は二人の晴れの姿をこの目で見たいのだ!ライの精悍な姿、マリアベルの可憐なドレス姿……さぞ感動物よ」
「一国の王が、ただの辺境伯の結婚式のために辺境までやってくる?他の貴族の結婚式にはいかないのに?護衛はどうするのです?辺境領までは何もなくても一週間の道程ですよ。その長い工程を大行列を作ってやってくるのですか?途中にいくつの領があると思っているのです。王が途中の領を素通りする訳にはいきませんよね?いちいち歓待されては一週間の道程が一ヶ月はかかることになるでしょうね。もちろん帰りも素通りできない。往復で二カ月。そんなに政務を放っておけるのですか?仮にお忍びが可能になったとしても二週間強。王って、そんなに暇なのですか?周りの迷惑も考えていただきたい!!」
「ぐぬぬぬ……」
完膚なきまでにたたきのめす勢いで拒否してくる弟を、兄である国王は悔しそうに見やる。
ライオネルは取り付く島もないツンとした態度で堂々と座っている。
(いつもは言葉少ななのにこんな時だけ饒舌になりおって。それだけマリアベルを愛しているということだな……我が申すまで己の気持ちにも気づかなかったくせになぁ)
二人の晴れ姿は見られそうにないけれど、ライオネルが遠慮なく話をしてくれることを王は喜ばしく思うのだった。
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