第51話

 ゴルバード公爵が企てた王太子廃嫡計画はこうだ――――


 息のかかった給仕が王太子に飲み物を二つ渡し、王太子から王女に飲み物が渡るようにする。

 甘い飲み物と甘くない飲み物を渡せば、女性が好む甘いほうを王女に差し出すのが自然。

 甘い飲み物のほうだけに毒を入れておけば、王太子が渡した飲み物を飲んだ王女が毒を飲むことになる。

 万が一、王女が甘くない飲み物を希望した場合は、王太子を直接排除できる。


 こんな明白な状況で王太子が王女を毒殺しようとしたとは追求しきれないだろうが、今回の夜会には南の国の第一王子を含む使節団が招待されている。使節団の目の前で事が起これば誤魔化しようがないので、王女との婚約は立ち消える可能性が濃厚だ。


 国際問題にも発展するだろうから、王と王太子が責任を取る事になる。そうなると、王位継承権をもつライオネルが王の座に座る。

 辺境の田舎貴族ならば大臣たちの言いなりになるだろうと踏んでの事だった。


 現王は大臣をはじめとした王宮に出仕する全ての者に実力主義で進めてきたが、今回王太子廃嫡計画に参加した者の多くは、実力が伴っていないと判断されて権限を持つ職から外されていた。


 つまり、こんな稚拙な計画を実行したら国際問題として王や王太子が責任を取るだけでは済まず、戦争が起きる可能性が考えられなかった者たちである。


 しかし、ゴルバード公爵はそこまで浅慮ではないはずだった。

 実際事が起こるまでは忠臣としてうまく化けていて、直前まで国王は黒幕が誰か分からなかった。

 なぜなら、南の国との国交を二の次に考えているゴルバード公爵にとっては、どちらに転んでも構わないことだったからだ。


 今回、ゴルバード公爵が黒幕であることが分かったのは、ローズのせいであった。



 ゴルバード公爵は、娘を王妃にして自分が外戚としてもっと権力を得ることを狙っていた。

 そのため、王太子の婚約者候補であるマリアベルが邪魔だった。


 行儀見習いと称して娘を婚約者候補の侍女にしてマリアベルの体調を崩させた。

 頃合いを見て婚約者候補の資質を問い、マリアベルを引きずり落して空いた席にローズを座らせる計画だった。


 順調にマリアベルが体調を崩す日が増えていくと、自分が声をあげずとも周りの大臣たちが次第に婚約者候補の交換を進言しだす。


 順調だと思った矢先、南の国の王女が王太子との婚姻を望んだ。

 一国の王女と公爵令嬢では、相手国に問題がない限り何をしても勝てない。

 王太子と娘の結婚は不可能になったのだった。


 前王の時代に宰相補佐を務めていたゴルバード公爵はライオネルの存在を知っていた。一度は諦めかけた野望だったが、ライオネルの存在を思い出す。

 そして、ライオネルを王にしてローズをライオネルの妻に据えたら良いのだと考える。


 さらに、どうせならライオネルを王太子にするよりも直接王にしてしまい、裏で操るほうが効率的だと思いつく。


 丁度、王の政策に不満をためていた無能な貴族がいるので、そいつらに動いてもらえばいい。

 王命によりライオネルとの結婚が約束されたマリアベルが再び邪魔になるので、またローズ経由で毒入り飲料を飲ませれば良いだろう。

 以前は体調不良にする程度だったが、今度は昏睡状態で目覚めない程度、いや、いっそ殺してしまっても構わない。

 そう考えたゴルバード公爵はまたローズに命令を出す。


 王太子が王女に毒入り飲料を渡すのと同時刻にマリアベルをローズが引きつけ、協力者が飲み物を渡す予定だった。


 こちらの給仕は敢えて無関係な者を選ぶ。

 給仕ではなく飲み物を作る係に協力者を配置して、「あちらのほうにグラスを持っていない方が多い」とさりげなく行き先を促せば良い。

 後はローズがその給仕を呼び、協力者に飲み物を取らせる。


 そうして自分は高みの見物をし、やがて来る王族の外戚という権力を待つ予定だったのだ。


 しかし、ローズは父の命令を無視した。

 マリアベルたちに会う前、直接飲み物を取りに行くふりをして協力者に「予定が早まりそうだ。私が対象者に接触したら用意してほしい」と伝えていた。

 その結果、王太子が王女に毒入り飲料を渡す予定時刻よりも少しだけ早くマリアベルに毒入り飲料を渡した。


 マリアベルが倒れたことにより、夜会会場は騒ぎになり王族は一切飲み物も食べ物も口にしなくなってしまい、ゴルバード公爵の計画が失敗した。


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