第49話

 マリアベルが目を覚ましたのは倒れてから五日目の夜だった。



(…………?ここは?)


 なんだか体が重たくてだるさを感じる。

 首だけを少し動かして周囲の様子を窺ってみると、なんとなく見覚えのある場所だった。


(この室内の感じは、王宮?)


 手を動かそうとして、サラッとした何かが手に当たったことに気が付いた。

 視線を下げて見てみると、ダークグレーの髪。

 ライオネル様がベッドの横に置いた椅子に腰かけて、ベッドに突っ伏している。


(ライ様?寝てる……?)


 手だけを動かしてライオネル様の髪の毛を指先に絡めると、一瞬身じろぎしたかと思ったら勢いよくがばりと起き上がった。

 驚いたような顔のライオネル様と目が合う。

 なんだかとても疲れた顔をしているライオネル様。


「…………マリー?」

「は、い」

「マリー!よかっ、良かった!良かった!」


 痛いほどに強く手を握られ、表情を歪めて良かった良かったと言うライオネル様をぼーっと見る。


(何が…………?―――あ、そういえば?)


「もしかして、私は倒れたのでしょうか?」

「あぁ、五日眠っていた。水を飲むか?」

「え、五日も?」


 ライオネル様が差し出したグラスを受け取り、口を付ける。

 喉が渇いていたようで、とてもおいしく感じた。



「夜会で果実水を飲んでから息苦しくなったんです。実は最近はなっていなかったのですが、少し前から体調が悪くなることがあって……。息苦しさがそのときの感じと似ていたから、また体調が悪くなってしまったのかと倒れる前に少し思ったのですが……違ったのですね?」

「―――あぁ。毒だった」

「毒?…………誰が、どうして?」

「……侍医を呼んでくるから少し待ってろ」


(きっとライオネル様は何か知っているのね。言いにくい事なのかもしれない)




 少しすると医師らとライオネル様が戻ってきた。

 一通り診察されて、ひとまずもう大丈夫だと診断された。


 体のだるさは毒の名残と五日間も眠り続けていたせいだろうとのことだった。

 毒の種類から言って後遺症が残る物ではないので、無理せず徐々に日常生活を再開するように言い、医師らは出て行った。


 ベッド脇に置かれた椅子にライオネル様が腰をかけ、私の手を握る。

 私は無事に目を覚ましたというのに、ライオネル様はどこか硬い表情をしている。


「…………あの」


 何があったのか聞きたくて口を開くが、目が合ったライオネル様は首を横に振って制止する。


「今日はもう遅い。もう一度寝ると良い」

「…………」

「眠れないか?一緒に寝ても良いぞ。安心して眠れるように抱きしめてやろうか?」

「……一人でも、眠れます」


 今は何も話してくれないと諦めるしかなさそうだ。

 ベッドのヘッドボードに背中を預けた状態だったので、もそもそとベッドの中に潜り込む。

 こんな簡単な動きさえ、体がだるくて素早くできなかった。


 ライオネル様は、監視するようにじっと見つめてくる。


(…………ライ様に見られていると思うと眠れない)


「ちゃんと寝ますので、ライ様もお休みください」

「マリーが眠るまで側にいる」

「見られていると眠れませんわ。それにご心配をおかけしたのでは」


 私の顔色もあまり良くないのだろうけど、ライオネル様の顔色も優れない。

 きっと相当な心配を掛けてしまったのだろう。

 医者からももう大丈夫だと言われたのだし、ゆっくり休んでもらいたい。


 しかし、ライオネル様からは側にいるという強い意志を感じる。


「大丈夫だ。目を閉じれば眠れる」


 そう言ってライオネル様が身を屈めてきて、私の瞼にキスを落とす。

 思わずぎゅっと目を瞑る。


 ドキドキして余計眠れないと思ったのに、体が本調子ではないせいかあっという間に眠ってしまった。


 しばらく私を見つめていたライオネル様が再びキスを落としてから、そっと出て行ったことに眠っている私は気が付かなかった。

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