第48話

 血の気の引いた顔をしてベッドに横たわるマリアベルをじっと見つめる。


 前日あんなことがあったんだ。俺は他の貴族と話しながらも、遠目から時折マリアベルの様子を見ていた。

 しかし、少し目を離した隙に倒れた。


 やはり側を離れるべきではなかったと自分を責めた。

 一向に目覚める様子のないマリアベルの顔をじっと見つめ、僅かな変化も見逃さないようにしている。

 しかし、倒れてから丸二日経ったが、まだ何も変化がない。

 倒れたときと同じ、目を覚まさないし顔色も悪いままだった。


 調べによると、マリアベルが飲んでいた果実水に毒が含まれていた。

 同じ飲み物を飲んだローズも倒れたが、飲んだ量が少なかったからか、ローズは翌朝には目を覚ましていた。


 ローズの証言により、飲み物を渡した給仕が特定されて取り調べが行われた。

 しかし、何も出なかった。


 給仕は飲み物が載った盆を持って貴族の周りを歩き、声を掛けられたら飲み物の種類を伝えて、希望されたものを渡す。減った種類を補充してまた練り歩くというのが基本だ。

 誰が何を取るか予測できないし、果実水はベリー以外にも用意されていたので違う物を希望されれば取りに戻る可能性もあるだろう。

 それに、目の前で見ているのにその場で希望された飲み物に毒を仕込むのも難しい。

 少なくとも単独犯では失敗するリスクが大きいので共犯者がいるはずだが、何も出なかった。


 更に、マリアベルとローズがいた場所より少し先の場所にいた貴族が、「我々があの給仕を呼んだので、彼は二人の前を通ってこちらへ向かう途中だった」と証言した。

 それに気が付かず、ローズが給仕に声を掛けた様子だったという。

 先に呼んだ貴族より、公爵令嬢である二人の方が位が高かったので、給仕もそちらを優先していた。

 これ自体、なんら不自然な点はない。


 万が一、先に呼んだ貴族たちが毒を盛られる対象だったと仮定しても、給仕が慌てることなくそのままマリアベルたちに飲み物を渡したことから、この給仕はグラスに毒が含まれていたことを知らなかった可能性が高い。


 そして、給仕がシロであると決定付けるのに何よりも大きかったのは、この給仕は王妃宮から直前になって借り出されていたことがわかったのだ。

 夜会直前になって王妃の元に給仕が足りないかもしれないと話が行き、たまたま通り掛かった侍従数名に王妃が手伝うように声をかけていた。誰かに推薦された者ではなく、王妃が「誰かいないかと探して会った者順に声を掛けていった」と王妃が認めている。


 給仕がシロとなれば、あの時マリアベルの側にいたローズを疑っているが、本人は関与していないと主張している。

 それに、同じく毒に倒れているので、追及しきれないでいる。

 つまり、まだ何もわかっていないのだ。


 愛する者を傷つけられて腸が煮えくり返る思いなのに、どうすることもできない。もどかしさが募るばかりだった。


 ドアをノックする音に返事をするとダニエルがやってきた。


「マリアの様子は…………?」

「眠ったままだ」

「ローズ嬢は一晩ですぐに目覚めたのに。飲む量が違ったからって、そんなに効果が変わるものなんですかね。やっぱり時々体調不良になっていたから、まだどこか悪いままだったのかな。久しぶりに元気そうで安心したのに」


(体調不良?あの元気なマリーが?どういうことだ)


 不可解な言葉にダニエルの顔を見るが、嘘を吐いている様子はない。


「マリアベルは体調が悪かったのか?」

「はい。辺境では体調を崩すことはなかったのですか?」

「ない。毎日元気に庭や畑を散策していたくらいだ。それも結構な時間をかけて」

「はは、マリアらしい。子供の頃も領地ではよく庭を駆け回っていました。妃教育中も、僕が知っているのはここ数年のことですけど、休憩中はよく王宮の庭に来ていたようです。それが、マリアが辺境へ行く一年ほど前から頻繁に体調を崩して寝込むことが増えたんです」

「そんな様子は全く無かったが……それは」

「……王宮を離れたから体調を崩すことがなくなった?で、王宮に来て再び体調を崩した?」

「そう考えるのが自然だろうな。その一年ほど前から変わったことは何かないか?」

「僕は王太子殿下付きなので、詳しくはわからなくて。マリア付きだった近衛にそれとなく聞いてきます!」

「頼む」



 それからダニエルは当時のマリアベル付きの近衛騎士に、マリアベルが体調を崩し始める前後で変化したことがないか聞いて回ってくれた。

 そして、ある変化があったことにたどり着いた。


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