第46話

 イザベラは一旦自宅謹慎処分とされた。


 王太子殿下の婚約発表と南の国との同盟成立発表の夜会は慶事の一種である。

 そのため、その慶事の際に問題を起こすなど王家への不敬罪とされてもおかしくはない。


 しかし、南の国から使者を招いている慶事だからこそ、なるべく事を荒立てずに ――特に貴族間のトラブルなど他国に知られたくない―― 夜会は円満で平和に終了させなければならない。

 今は内密に処理し、二日間の夜会終了後に対応を考えることとなった。


 イザベラがドアの前で私の不貞を叫んだが、幸い夜会会場から遠い部屋だったため、警備に当たっていた騎士にしかその声は聞こえていなかった。


 当時周辺の警備を行っていた騎士は集められて、犯人の計画が失敗し無事だった事を説明し、口外しないように緘口令がしかれた。

 事件があったことを知るのは、この他に王族や一部の大臣、そして現スワロセル公爵一家だけである。


 こうして、表向き一日目の夜会は恙なく終了した。



 今はタウンハウスへと戻るため、馬車に乗っている。

 今までは向かい合って座っていたが、今回ライオネル様は私の隣に座ってきた。

 馬車の中で寄り添って座り、ライオネル様から手を握られている。


「ライオネル様、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「マリーが謝ることではない。無事でよかった。それと、呼び方が戻っているが?」

「これは、その、きちんと謝罪しなければと思ったからで」

「それはわかるが。しかし、肝が冷えるとはこういうことを言うのだな」


 焦った様子でやってきたライオネルの姿を思い出す。

 もしかして、イザベラの虚言を信じたのだろうか?


「マリーを疑った訳ではない。フィッシャー殿を疑った」

「ダニーを?どうしてですか?」

「マリーに恋慕の情を抱いていてもおかしくはないだろう?思い余ってということもあり得る」


 ライオネル様が真面目な口調で言うので、思わず笑ってしまった。

 すると、解せないと言いたげに片眉を上げるライオネル様。


「ふふ。それはあり得ません。大丈夫です」

「わからないだろう?こんなに魅力的なのだから」


 ライオネル様は指で私の頬を撫でながら言った。


(嬉しいけれど、急な甘い雰囲気は困るわ。こういうときどうしたらいいのかしら)


「ダニーは、あの時部屋にいたアンのことが気になっているんです」

「彼女は、メイドだろう?」

「はい。ダニーは王太子殿下の近衛騎士をしていると言いましたが、そのため私が王宮にいるときはダニーともよく顔を合わせていたのです。ダニーは真面目なので、職務に忠実なのですが、時々ほんの一瞬だけ視線がずれることがあって。気になって視線の先を見ると、そこにはいつも掃除しているアンがいたんです」

「なるほど」

「だから、アンが奥の寝室にいるとわかったときはいい機会だと思いました。アンがいてくれれば密室で二人きりにならず都合が良いですし、いつもは職務中で話しかけることもできないダニーはアンと話せますから」


 今回のトラブルは災難だったけど、これをきっかけにダニエルとアンの仲が良くなればいいなと考えマリアベルは頬を緩めるのだった。


「それにしても、フィッシャー殿には感謝だな。彼が相手でなければここまで内密に処理できなかったかもしれない」

「そうですね。途中で声を掛けてくれて助かりました」


 会ったのは本当に偶然だろうけど、ダニーのことだからもしかしたら警戒して一緒に来てくれたのかもしれない。


「それに、本当に強い媚薬を使われなくて良かった」

「チョコレートが媚薬になるのは本当なのでしょうか?私は未だに疑問なのですが」

「それは本当だろう。うちの領でも最近噂され始めているから。だが、娼館で女性が嫌な客を相手にするときや男性の気分を高めるために使う程度のごく軽いものだ。理性を失う程の強いものだと客には絶対に食べさせられないからな。身体が持たなくなる」

「そ、そうですか」

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