第44話
イザベラが押さえたという部屋に向かう途中、お手洗いから出てきたらしいダニーと会った。
「あれ、マリア。それに、もしかして君はイザベラじゃないか?懐かしいな!公爵領で何度か会ったことがあっただろ?覚えているか?」
「ダニーお兄様?お久しぶりでございます」
「二人してこんなところでどうしたの?」
「イザベラが相談があるというので、別室へ移動するのよ」
「へぇ……?イザベラ、よかったら俺も相談に乗るよ。人数がいたほうが解決策が早く見つかるかもしれないしね」
「……そうですね。ありがとうございます。ではダニーお兄様も一緒に」
イザベラに連れてこられた部屋は、すでに使用中の札が掛かっていた。
中に入ってみると、奥に寝室が付いているタイプの部屋だった。
私とイザベラがソファに向かい合って座り、ダニーは一人掛けソファに座る。
テーブルの上にはすでに茶菓子が置いてあった。
「相談に乗っていただけるお礼にと用意しておいたのです。珍しいお菓子みたいでなかなか手に入らないのですが。折角用意したので、まずは食べてください」
そう言われて、テーブルの上にあるお菓子を口に入れる。
甘く、豊潤でとろける食感が病みつきになるお菓子だ。
つい、もうひとつと手が伸びてしまう。
ダニーも「美味い!」と言っておかわりに手を伸ばす。
私たちが用意されたお菓子を美味しそうに食べる様子をみて、イザベラが安堵の表情を浮かべている。
「お口に合ったようで良かったわ。それで相談なんですが、―――あ!やだ!お菓子に気を取られてお茶の用意を忘れていました!すぐに侍女を連れてくるのでこのままお待ちください!!」
イザベラは早口でそう言って立ち上がり、止める間もなく部屋を出て行ってしまった。
あまりの勢いに、私もダニーもしばしぽかんとドアを見つめるしかなかった。
――――イザベラが戻ってこない。
王宮侍女が見つからないのだろうか?迷子にでもなっているのだろうか?と心配になるくらい待った頃、バーン!!とドアが開いた。
ノックもなく勢いよく開いた扉に驚く。
そこにはイザベラではなく、ライオネル様が立っていた。
慌てていたのか、整えた髪が少し乱れている。
(え?何事?)と思っていると、ライオネル様の後ろから来たらしいイザベラの叫び声が聞こえてきた。
「こちらです!こちらでマリア姉さまとダニー兄さまが不貞を!!!」
(え???今なんて!?)
「どういうことだ?」
低く地を這うような声がライオネル様から発せられた。
「………………」
混乱している私は、まずは状況を理解しようと成り行きを見守る。
「姉さま!何とか言ったらど、う…………え?なんで?」
ライオネル様の後ろから私を非難する声を出したイザベラだったが、ライオネル様の背に隠されて室内の様子が見えていなかったようだ。
ライオネル様の背から顔を出して部屋の中を覗いた瞬間、イザベラは驚愕の表情を浮かべる。
ドアが開いてからここまで一瞬の出来事だった。
ライオネル様に背中を押されて、たたらを踏んだイザベラが部屋の中に入ると、ライオネル様は後ろ手にドアを閉める。
「どういうことだと聞いている」
再びライオネル様の地を這うような声が部屋に響いた。
ライオネル様が冷淡な視線を向けた先にいるのはイザベラだった。
「なんで?どうして?どうして、平気なのよ!なんで!なんで!なんで!」
(それはこちらが聞きたいことなのだけれど……。……イザベラが私を陥れようとしたのだろうということだけはわかったわ)
何はともあれ、イザベラから話を聞かないことには始まらないだろう。
「イザベラ?説明してちょうだい」
「なんで!なんでよ!二人ともそれを食べたのに!どうして乱れてないの!?」
イザベラの言うそれとは、イザベラが用意したというお菓子のことだろう。
イザベラはテーブルの上に残った茶菓子を睨んでいる。
「それって、このチョコレートのこと?」
「そうよ!それは媚薬なのよ!?なんで平気なのよ!」
(媚薬!?チョコレートが!?)
「え!?イザベラったらチョコレートの中に媚薬を仕込んでいたの!?」
「はぁ!?何言ってるのよ!それ自体が媚薬に決まってるじゃない!」
「は?」
(何を言っているのかしら?チョコレートは私は小さい頃から食べていたお菓子なのだけれど?)
念のためちらりとダニーのほうを窺うが、ダニーも体調に異変はなさそう。
イザベラの言うことがわかっていない様子で、イザベラの顔を凝視していた。
「なるほどな。こいつは、さっき俺に『マリアお姉さまとダニーお兄様が人気のない部屋に二人きりで寄り添って入っていった。様子がおかしかったし、二人きりなんて不貞を働いているのかもしれない』と報告に来たんだ」
「え!?私、不貞なんてそんなことしていません!」
「俺もですよ!そんなことしません!」
ライオネル様から説明されて、私とダニーは慌てて否定した。
「あぁ、わかっている。そもそも室内に二人きりではなかったようだしな」
ライオネルはドアをバーンと開けた際、マリアベル、ダニエルともう一人の人物が室内にいたことを即座に確認していた。
そして、マリアベルとダニエルはソファに向かい合って座っていて、もう一人の人物はポットを片手に脇に立っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます