第38話


「二日続けて陛下と面会していた件だが、ある人物によって王太子廃嫡計画があることが判明したそうだ」

「えっ……。王太子殿下を廃嫡って、謀反を起こそうというのですか?いったい誰が?」


 ベッドの上に座ってヘッドボードに背をもたれ掛けさせたリラックスしたライオネル様の姿勢と、話している内容が合っていない。

 私も同じように座っていたけど、座り直して背筋を伸ばした。


「黒幕がいるのは分かっているが、それが誰かはわかっていないらしい。マリアベルは、王太子殿下以外に王位継承権を持つ者を知っているか?」

「王位継承権……王弟殿下がお持ちでしたが、放棄されていますよね。今は王太子殿下お一人ではないのですか?」

「王家の秘密だが、現在王位継承権を持つ者がもう一人いる」


 私は、妃教育で習った王家の系譜図を思い浮かべるけれど、思い当たる人物がいない。

 私が思案している間にライオネル様は座り直してこちらに体を向けた。


「俺は、前ハリストン辺境伯の実の息子ではない。十歳の時に養子になった」

「あ、はい。確か前ハリストン辺境伯様は若くして奥様を無くされてお子様がいなかったからライオネル様が遠戚から養子になったと――あれ?でも……」


 ハリストン辺境伯家に二代前の王妹殿下が降嫁された過去がある。更に遡れば過去にも何人かの姫が降嫁した歴史のある家だ。

 だから、ライオネル様の瞳に王家の特徴が出ているのだと思ったし、不思議に思わなかった。

 けれど、ハリストン辺境伯家直系ではないライオネル様の瞳に王家の特徴が現れるのはおかしい。


 そのことに思い至り、ハッとした。

 どうして……。

 最初にライオネル様の瞳に王家の特徴が出ていると気が付いたときに疑問を持たなかったのだろう。

 別々の事として認識していて、全く結びつけて考えていなかった。


「気が付いたか?ライオネル・ハリストンになる前の俺の名前は、ライオネル・クロノクロフだ」


 クロノクロフ。

 それはこの国の国名にして、直系王族だけが名乗れる名前だった。


「マリアベルが生まれる前の事だが、前の王が病を患って離宮で静養していたのは知っているだろう?俺の母は離宮でメイドをしていたそうだ」

「それじゃあ……ライオネル様は王弟殿下ということ、ですね?」

「一応は」


 でも、何故?

 何故その存在が隠されていた?


「この国は一夫一妻制だ。いうなれば俺は不貞の子になるが、前王の不貞を前王妃は許さなかったのだ。前王の子を認めず、産まれたことも秘匿とした。だから、公表されていないのに俺の瞳には王家の特徴がみられるのだ」


 それから、ハリストン辺境伯家へ養子になるまでの経緯を黙って聞いた。



 前王は病を理由に王位を現在の王へと譲り、離宮で静養した。その際に離宮でメイドとして仕えていたライオネル様のお母様に前王が手を付けた。ライオネル様のお母様はライオネル様の出産によって儚くなったそうだ。


 前王はライオネル様が生まれるまでお母様の妊娠を隠そうとしたそうだ。前王妃が離宮に来るときは、ライオネル様のお母様は信頼できる人物へ預けて隠したため、前王妃はライオネル様が生まれてから初めて前王の不貞を知り激怒した。

 心づもりもなくいきなり夫の子供が産まれたと告げられたら、憤るのも無理はないだろう。


 本来なら王子の誕生は国をあげて祝うものだが、誰にも明かされずに生まれた不貞の子では王家の醜聞になりかねない。前王妃はライオネル様を生かす代わりに公表することを禁止し、それに前王も了承した。そして、前王妃はライオネル様が離宮から出ることも禁止した。


 前王と前王妃は政略結婚だったが、夫婦仲は悪くなかった。

 しかし、前王は前王妃ではなくライオネル様のお母様に心を傾けていたようで、亡くなったライオネル様のお母様を弔いたいと言って、その後崩御するまで離宮を離れる事を拒否したらしい。

 そして、前王が儚くなるまでの三年間は離宮で、父である前王と一緒に暮らしていたそうだ。


「前王が生きていたころの記憶は小さすぎてあまりないんだ。でも病弱でよく寝ているけど優しい父という印象がある。逆に、前王妃はたまに来る怖いおばさんだったな」と、笑って言った。


 けれど、前王が崩御すると前王妃からの風当たりは一層強くなったそうだ。

 離宮では決められた建物の中から一歩も出る事は許されず、最小限の使用人しかいなかった。

 その使用人も必要最低限の身の回りの世話をするだけで、ライオネル様と話をしたりすることを禁じられていたようだ。


 隠れて優しくしてくれる使用人もいたが、それがバレると辞めさせられていたようだという。優しくしてくれる人が一人二人と減っていくことは子供でも気が付く。

 成長と共に自分の立場を理解していき、十歳の時に前王妃の命令で辺境のハリストン家へと養子に出された。


 姫が降嫁していることから、王家とハリストン辺境伯家は一応遠戚に当たる。

 そのため、ライオネル様が遠戚からの養子というのは嘘ではない。

 その遠戚というのが王家とは誰も思わないだろうけど。

 養子に出された後、前辺境伯様は惜しみない愛を与えてくださったそうだ。


 ただ、辺境伯家の養子になっても、前王妃はライオネル様が婚約者をすえることも結婚することも、領地の外へ出ることも禁止したという。


 前王妃は十年近く前に崩御している。

 今もご存命であれば、ライオネル様は領地から出ることも叶わず、今回の私の送り先にハリストン辺境伯家は絶対に選ばれなかっただろう。


 そうなれば、ライオネル様とも出会えていなかった。

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