第35話

「マリアベル!」


 王太子殿下の視線に戸惑いを感じていると、ライオネル様の声が聞こえた。

 振り返って見るとライオネル様がこちらに向かって歩いてくるところだった。


「あっ。もう終わったのですか?」

「あぁ。マリアベルの方ももう済んだみたいだな。帰ろうか」

「はいっ。あ。殿下、少し早いですがお誕生日おめでとうございます。それと、ご婚約も。おめでとうございます」

「……ありがとう」


 横から延びてきた腕が腰に回されて、ぐいと引き寄せられる。

 腰を強く引き寄せられるのは初めてで顔に熱が集まるのを感じてしまう。


「もう用事は済んだのだろう?帰るぞ。殿下、失礼いたします」


 ちゃんと辞する挨拶をしたかったが、がっちりと腰を抱かれているので上手く挨拶もできなかった。


 馬車までずっと腰に手を回されたままで、恥ずかしさと嬉しさでふわふわした気分だったが、馬車に向かい合わせに乗った時に漸くライオネル様の機嫌が悪くなっている事に気が付いた。


「……ライオネル様?陛下のお話は良くないお話だったのでしょうか?」

「マリアベルは王太子と何を話したのだ?」

「え?私ですか?殿下とはあまり……。元気そうで良かったとかその程度です」

「本当に?マリアベルは王太子の事をどう思っていたのだ?」

「どう?―――次期王に相応しく、公平で自分を律することのできる方だと思っていますが」

「そういう事ではなくて、男としてどう思っていたのかと聞いている」

「??? ど、どういうことですか?男としても何も王太子殿下は王太子殿下です。どうしてそんなことを聞くのですか?」


(どういう答えを求めているのかしら?男としてなんて考えた事がなかったからわからないわ)


「……すまない。嫉妬した」

「え?」

「マリアベルと王太子が二人で話をしていると思うと、陛下の話もそぞろになるくらい気になってしまって。陛下に言われて気が付いたよ」

「何を……?」


 ライオネル様が真剣な瞳でこちらを見つめてくるから、私も目が逸らせない。

 薄暗い馬車の中でも、ライオネル様の透き通った青い瞳が綺麗だなとぼんやり思っていた。


「嫉妬するくらい愛していることを」


(っ!!―――うそ……)


「愛している」


 思わず両手で口を押えて、ライオネル様の顔を凝視してしまう。

 ふわりと笑った顔がとても優しかった。


「私も……お慕いしております」



 その後、タウンハウスに着くまでの間、殿下の執務室では王女様と会って話をしたこと、殿下は良い伴侶に恵まれて良かったと思った事などを話した。

「なるほど。一方通行だったわけか」とライオネル様が呟いていたけど、何の話だろう?




 想いが通じて、奇跡のような出来事にふわふわした気持ちで夕食を食べて就寝の準備をしていたけれど、寝室に向かおうとしてはっと気が付いた。

 そういえば、同じベッドで眠ることになるのだった。


(昨夜は同じベッドを使ったようだけど、知らぬ間に来て知らぬ間にいなくなっていたから、すっかり忘れていたわ!)


 しばらく居室をウロウロしていたけれど、いつまでもこうしてはいられない。

 意を決して寝室のドアを開けると、ライオネル様はもうベッドに入って背をヘッドレストにもたれさせて本を読んでいた。


「そう警戒しなくても、何もしない」

「……はい」

「ふっ、くくく。寝室が同じことを忘れていたのだろ?」

「っ!なぜそれを」

「いや、居室に入っていくときに『おやすみなさいませ』って言っていただろう。ソファで寝るという宣言なのかとも一瞬思ったが、それにしては無垢な笑顔だったからな」


 忘れていたことがバレていて羞恥で赤くなる。


「大丈夫、まだ何もしないから。おいで」


 まだという部分に少し引っ掛かりを覚えたが、ライオネル様が隣をポンポンと叩いて、来るように促しているのでベッドに歩みを進めた。

 おずおずとベッドに入り、今日も落ちないギリギリの端に寝ようと横になる。


「そんな端では危ないだろう」

「いえ、お構いなく」


「いいから、ほら」と言ってぐいと引き寄せられた。


 ライオネル様からはいつものベルガモットの香りではなく湯上りの香りがして、余計に顔に熱が集まるのを感じた。

 耐えられずに顔を両手で隠してしまう。


(もうだめ。恥ずかしくて死んじゃう)


 ばさりと上掛けを肩まで掛け直される。

 頭を撫でられ「おやすみ」とおでこにキスされた。

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