第34話

 ハリストン辺境伯家のタウンハウスに戻ると、また王宮から使者が来ていた。

 二日続けてなんて、何かあったのだろうか?と思っていると「マリアベルもだと!?」というライオネル様の声が聞こえてきた。


(私も一緒に王宮に呼ばれているのかしら?今更どうして……。夜会は仕方がないにしても、正直行きたくないわ)


 しばらくするとライオネル様が来て、申し訳なさそうに一緒に登城するよう告げられた。

 私を連れて行くことを渋ったそうだが、渋っても使者を困らせるだけだし王命と言われては仕方がない。


 王宮に行くための準備を済ませて登城する。

 二人で陛下に会うのかと思ったら、私に用があるのは陛下ではなく王太子殿下だという。

 城の中で、二手に分かれることを告げられて戸惑ってしまう。


「何故今更王太子とマリアベルが会わねばならないのだ!?」


 ライオネル様が不敬とも取れない発言をするので、ヒヤリとする。

 今は使者しかいないが、使者も苦笑いするばかりで見逃してくれるようだ。


 これ以上ここにいても、ライオネル様が不敬な発言をするだけになりそうなので、ライオネル様と別れて王太子殿下の元へ向かうことにした。


(本当に何故……南の国の王女様はもうこちらへ来ているはずなのに。大丈夫なのかしら)


 戸惑いしかないが、ここまで来て命令を無視して会わずに帰る訳にはいかない。

 そもそも、ただの貴族令嬢に断る選択肢はない。



「マリアベルッ、嬢――。よく来てくれた」

「お久しぶりでございます」


 来慣れた王太子殿下の執務室に入ると、そこにいたのは王太子殿下だけではなかった。

 艶やかな黒髪に釣り目がちな金色の瞳が印象的な、この国にはあまりいないタイプの美少女が殿下の隣に座っていた。


 すぐに南の国の王女だと分かる。

 確か、十五歳と聞いたが大人っぽく見える。


「あなたが、マリアベル様ね。私はリーメイ・サンスコットよ」

「マリアベル・スワロセルでございます。お目にかかれて光栄にございます」

「実はね、あなたに謝りたくて無理を言ってしまったの」


(私を呼んだのは殿下ではなく、王女様なの?)


 話が読めなくて困惑してしまう。

 そもそも王族が謝罪の言葉を口にするのはもっての外だし、簡単に謝意を口にするのはいけないと妃教育で何度も言われていたので、謝意を伝えられたことに驚いてしまう。


 南の国では違うのだろうか。

 謝られることに心当たりはないが、王族だろうと悪いと思えば謝った方が良いと常々思っていたマリアベルにとって、簡単に謝罪の言葉を発した王女に好感を持つ。


「あなた、辺境伯との結婚が決まったそうね。我が国が同盟の条件の一つとしてあなたの結婚を提示したと聞いたわ。私がそう言ったと伝わっているのではないかしら?でも、それは違うの。大臣が勝手にしたことなのよ」

「そうでございましたか。王女様がお心を痛めてくださったこと、恐縮するばかりでございます」

「そんなことはいいの。だって、許せないじゃない?女性の結婚を交渉の材料に使うなんて。立場上仕方がないことだってわかっているけれど、誰だって好きな人と結婚して幸せになる権利はあるはずよね!?」


 南の王女の勢いに押されてしまう。


「は、はぁ」

「それにね、私が殿下との結婚を望んだばかりに、あなたに辛い思いをさせてしまったのではないかと思って…………」


 先程までハキハキと話していたと思ったら、急にしゅんと下を向いてちらちらとこちらを窺ってくる様子に、王女様が素直な性格をしていることが伝わってくる。

 王女様の一目惚れだったと聞いた気がするし、今も話を聞く限り王女様は殿下の事を慕っているのだろう。


 慕う相手が長年婚約者候補として一緒にいた女とはできれば会いたくないだろうに、人の気持ちを慮れる人柄なのだろう。


「いえ。わたくしは夫となる方と出会うきっかけを下さったことを、その大臣に感謝したい位ですわ」

「まあ!それじゃあ素敵な方なのね!?」

「えぇ、とても。王太子殿下も、素敵な女性との出会いに恵まれて幸せな事でしょう」

「えっ。そう思う?そうだと良いのだけれど。どう、でしょう?」


 それまで黙って話を聞いていた殿下を頬を染めながら見つめる姿は愛らしい。


「……えぇ。私もリーメイ王女との出会いに感謝しております」

「ありがとう。嬉しいわ。―――そうだ。お二人は幼馴染みたいなものなのよね?マリアベル様を馬車まで送っていかれてはどうかしら、殿下」

「分かりました。では、マリアベル、嬢、お送りいたしましょう」


 そうして、二人で執務室を後にした。

 今までだと二人で歩く時は、殿下の腕に手を添えてエスコートされて歩いていた。

 だからだろうか。殿下から当然のように腕を差し出されたが、今は誤解を避けるためにあえてエスコートはお断りした。

 差し出した腕を下す際、少し寂しそうに見えたのは気のせいだろう。


「……元気そうで安心した。顔色も良いようだね」

「はい。環境が合ったのか、体調を崩すこともなく過ごせています」

「辺境伯とは良い関係を築けているようだね」

「優しい方で、良くしていただいています」

「……その顔を見ていれば、よく分かるよ」

「え。顔に、出ていましたか?恥ずかしい」

「君はそんな顔もするんだな……私には見せてもらえなかった顔だ」

「え?」


 ふと殿下の足が止まり、呟くように言われた言葉が聞き取れなかった。

 どうしたのかと振り返ると、こちらを切なげに見つめる瞳とぶつかった。


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