第33話

 無性に一人になりたい気分で歩き出したのに、ライオネル様はそれは許してくれなかった。


「マリアベル。止まってくれ」

「…………」

「誤解なんだ。話を聞いてくれないか」


 私は振り切る勢いでスタスタ歩いているつもりが、足の長さが違うのでライオネル様は余裕で付いてくる。

 人一人通るのがやっとの細い路地を見つけたので路地に入って走り出すが、やっぱり振り切るのは無理で、路地を抜けるとすぐに追いつかれて手首を掴まれて止められた。


「…………離してください」

「だめだ。離さない。とりあえず座って話そう」


 路地を抜けたところは公園だったようで、ベンチがあった。

 仕方なくベンチに座ると、ライオネル様は体を私の方に向けて座った。

 逃がさないとばかりに手をしっかり握られている。


「…………さっきの女性、昔の恋人ですか?やっぱり嘘ついていたんですね」

「違う、恋人ではない。嘘?嘘というのは?」

「前に大人っぽい女性が好きな訳じゃないって仰っていたのに」

「そっ!それは、違う」

「何が違うのですか?実際に、婀娜めいた大人の女性でしたよね」

「それは、その……」


 ライオネル様が珍しく言いよどんでいる。


(やっぱりそういう事なんじゃない。きっと事実だから言いにくいのだわ)


 ライオネルは天を仰ぎ「はぁ」とため息をつく。


(きっと面倒くさいと思われているんだわ)


 そう思うと、じわりと涙が浮かんでくる。


「っ!泣くな、泣かないでくれ!ちゃんと正直に話すから」

「泣いてません」

「彼女は、娼館で働いている女なんだ」

「………………」


 正直、娼館という言葉に馴染みがなさ過ぎて、ライオネル様が言った言葉がすぐに呑み込めなかった。

 だから返事ができずにいたのだけど、私が話を聞く事にしたのだと思ったらしくライオネル様は話し出した。


「俺は、十代後半の時に数年間、騎士の勉強のために王都に住んだことがあるんだ。その時に、先輩騎士に連れて行かれた店の女性なんだ。つまり彼女は娼館の女性だ」

「……そう、ですか」

「すまない。あまり聞かせたい話ではないのだが、言わないと説明が難しくて」

「いえ」

「だから、さっきのも昔の客がいたから、彼女にとっては金づるだと思って声を掛けただけだろう」

「行くんですか?……彼女のところへ」

「行くわけないだろう!」


 ライオネル様の否定の声があまりにも大きくてびっくりしてしまった。

 周りにいた人も何事かとこちらをちらちら見ている。


「大きい声を出してすまない。しかし、マリアベルがいるのにどうして行く必要があるというのだ?マリアベルを悲しませてまで行こうとは思わない。俺はマリアベルと一緒にいる方が良い」


(私と居る方がいいと思ってくれているんだ。どうしよう、嬉しい)


 心境の変化が簡単すぎると自分でも思うけれど、慕う相手が自分と居る方が良いと言ってくれることは、やっぱり嬉しいことだ。


 機嫌が浮上した私は、未だ捕まえるように繋がれていた手にきゅっと力を込めてから言う。


「絶対にいっちゃだめですよ?」

「当たり前だ。絶対に行かない」

「ん。それじゃあ今日はもう帰りましょうか」

「ああ。帰ろう」


 そして、手を繋いだまま馬車へと向かった。

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