第29話

 頻繁に攻めてきていた危険な国と面した辺境伯領だけど、ライオネル様がいれば安心して暮らしていけそうだと思った。

 あとは、「北の国の王が数年前に穏健派に変わったという情報があるので、それも影響しているだろう」と言っていた。

 ずっと平穏な日々が続けばいいのにと心から思う。


 そんな事を話している間に、あっという間に日が暮れていて初日の宿泊先へと着いた。

 今日の宿泊先は、中規模な街にある貴族や富裕層向けの宿。

 王命による結婚とはいえまだ婚約段階なので、もちろん部屋は別々に用意している。


 この宿は部屋のお風呂に温泉をひいているらしい。

 ライオネル様と宿のレストランで夕食をとった後、ゆっくりと温泉を堪能した。


 王都にも公爵領にも温泉がなかったので温泉初体験だったけど、お湯から上がった後もしばらく体がポカポカしていてとても気に入った。

 肌もなんだかしっとりした気がする。


 翌日の馬車の中で、温泉が初体験だったことを話す。


「温泉って初めて入りました。気持ちがいいものですね」

「そうか。気に入った?」

「はい!とても気に入りました。冷え性の気があるので、体の温かさが続くのが良いです」

「ラーベンの街の外れにも温泉がある。領内の別の街にもあるし、いつか連れて行こう」

「良いのですか?楽しみです」


 こんなふうに、王都までの道程はこの移動の際に体験したあれこれを話しながら進んだ。


 馬車の中にはフォルスとフレアも乗っているけれど、基本的に話すのは私とライオネル様なので、たくさん話をすることができた。


 フレアが私が小さい頃お転婆だったエピソードを話し出した時は焦ったけれど、フォルスもライオネル様の昔話をしてくれて、馬車の中は笑い声が絶えなかったと思う。

 話の内容はすぐに忘れてしまうような中身のない話が多かったけれど、ライオネル様からも雑談をしてくれるようになったし、二人の距離が少し縮まったはずだ。


 王都から辺境領へ行くときはとても遠く時間が掛かったように感じたけど、今回は王都まで意外とあっという間に感じられた。

 気持ちもあのときとは随分と違う。


 辺境伯領へ向かっているときは二度と王都には戻ることがないと思っていたし、王都にもう一度来たいと思うことさえなかった。

 今も特に進んで王都に行きたい理由はないけれど、後ろ向きな気持ちはない。


 王都に入ってからも、私は窓の外を熱心に見ていた。

 婚約者候補に選ばれてから八年間はほとんど領地に帰ることができなかった。

 ずっと王都にいたのに、私はタウンハウスと王宮の往復ばかりで王都の街を歩いたのは数えるほどしかない。

 だから、まだ早朝だというのに活気あふれる街並みを見るのが楽しかった。ずっと住んでいた街なのに、全てが新鮮に見える。


「懐かしい店でもあったか?着いたら夜会まで日に余裕がある。買い物にでも行こう」

「良いのですか?」

「あぁ。といっても俺は王都に詳しくないから、マリアベルのお勧めの店にでも行こう」


(私の行きたいお店……家と王宮の往復ばかりだったから王都の事はあまり知らないわ)


 ライオネル様とラーベンの街を歩いているとき、ライオネル様はラーベンの街に詳しかった。いろんなお店の店主からも声を掛けられていた。それはライオネル様が積極的に領民と関わっている証拠。

 それなのに私は、妃教育で忙しいからと国民を知ろうと努力していなかったことに気づいた。

 良い領主であるライオネル様に、ずっと住んでた王都の事を良く知らないと言いにくくて、つい目を伏せてしまう。


「どうした?」

「あの、恥ずかしながら私は王都はあまり詳しくなくて……」

「そうなのか?」

「恐れながら旦那様。お嬢様は王都にいる間は自由な時間が少なく、街に出かけることもあまりございませんでした」

「あぁ、そうか―――考えればわかる事を、マリアベルすまない。無神経だった」


(気を遣わせてしまったわ)


 ライオネル様が眉を下げて謝る姿を見て慌ててしまう。


「いえ!いえ、そんなことは!お誘いはとても嬉しく思います。あっそうだ。いつか行ってみたいと思っていた場所ならあります」

「では、マリアベルが行ってみたかった場所に行くことにしよう」



 ≡≡≡



 王都の貴族のタウンハウスが多く立ち並ぶ一角にハリストン辺境伯のタウンハウスがあった。


 辺境伯という爵位は、この国では侯爵に並ぶ爵位で高位貴族に分類される。

 けれど、王都から遠くほとんど来ることがないとの理由で、高位貴族のタウンハウスにしては可愛い大きさの屋敷だった。


 けれど、私はその屋敷を一目見て気に入ってしまった。


 辺境伯領の城は石造りで重厚感があるから、タウンハウスも落ち着いた建物を想像していたが全く違った。

 赤い屋根に薄いクリーム色の壁、窓枠やバルコニーは緑色の縁取りがされていて、とても可愛らしい外観をしていたのだ。


(童話の絵本に出てくるおうちみたいだわ……!)

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