第28話
窓の外を見ていると、ライオネル様から木はりんごだと教えてもらった。
そこでふと疑問に思って質問しようとライオネル様の方を見ると、またいつかのように優しい微笑みを湛えてこちらを見ている。
微笑むライオネル様と目が合って、ドキンと胸が高鳴る。
ライオネル様と目が合わせられなくなってしまった。
時間をかけて頬に集まった熱が冷めた頃、疑問に思った事を口にしてみる。
「屋敷の周りにもりんごの木があるということは、この辺はりんごの栽培が盛んなのですか?」
「そうだな。この辺りは寒い地域だが天気が良い日が多くてりんごの栽培に向いているんだ。雪も多くないし」
「え?雪は少ないのですか?」
「そうだが、どうした」
ハリストン辺境伯領は寒い地域という事と、北の国は一年の半分以上雪に覆われているという情報から、勝手に辺境伯領は雪が多いのかと思っていたと告げる。
すると、辺境伯領と北の国の国境沿いに大きな山が聳え立つために、こちら側には雪はあまり降らないのだと教えてくれた。
この国の中で言えば雪が少ないという程ではないが、山の向こう側に比べると驚くほど少ないのだそうだ。
北の国がある山の向こう側は、冬になると雪で家が埋まりそうなほどに沢山降るらしい。
「だから北の国は我が国に領土を広げようと争いを仕掛けてくるのだ」とあっさりと言っていた。
そういえば、王都では冷酷騎士と噂されていたなと、遠い昔の事のように思い出す。
実際にライオネル様と接してみたら噂は嘘だとすぐに分かるし、辺境伯邸での暮らしがあまりにも平穏で、ここは争いが多い土地だという事も忘れそうになる。
こんなに優しいライオネル様が冷酷騎士と呼ばれるのはどうしてなのだろう?
今となっては噂が嘘なのは分かるが、最初は無表情が常で冷酷っぽい雰囲気はあったのは事実だ。
社交界というのは小さな事も大げさに大きな話にして噂を流すのが好きな人が多い。
だから、きっと本人の事を良く知りもしない貴族たちが聞きかじった何かを大きくしたのがきっかけとなったのだろう。
もちろん、私に見せている顔と騎士として辺境領の領主としての顔は違うだろうことも分かる。
でも、噂の根拠として言われていた『北の国が恐れをなして攻めてくるのをやめるほど残虐なことをする人』には思えない。
では、何故北の国は攻めるのをやめたのだろうか?
油断させておいて攻めてくる事があるのではないか?
移動と王都の滞在で結構留守にしてしまうが、大丈夫なのか……?
「険しい顔をしてどうした?馬車酔いでもしたか?」
「いえ、ちょっと考え事を」
険しい顔って、女性に対して言う事だろうか?と一瞬思ったけど、真剣に考えてしまって険しい顔になってしまっていたのだろう。
「何か心配事でも?夜会の事か?憂いがあるなら言ってみろ。俺にできることならマリアベルの憂いの原因も取り除いてみせるぞ」
「えっ!?いえ、そんな、夜会の事ではありません」
ライオネル様の真剣な表情に、思わず慌てて否定する。
夜会のことも心配ではあるけど、呼ばれた目的がわからないので悩みようがない。
「じゃあなんだ?険しい顔をするほどの悩みがあるのだろう?」
(また険しい顔って言われた……。長く続いた争いが収まっている理由を聞いても大丈夫かしら?)
こういうことに女性が首を突っ込もうとするのを、よしとしない男性は多いだろう。
けれど、余りにも心配してくれている様子に、誤魔化す方が悪い気がする。
「あの……」
「なんだ?何でも言ってみろ」
「―――北の国との争いの事なのですが、ライオネル様が爵位を継いでからぱたりとなくなったのですよね?それはどうしてなのだろうと、思いまして」
ライオネル様は虚を突かれたような顔をした後、私を凝視してきた。
やっぱり女性が争いの事に興味を持つのは良くなかったのかもしれない。
「あの、すみません、変な事を聞いて」
「いや。そんなことを気にしていたのかと思っただけだ」
これから行く夜会も南の国との外交問題になる恐れがあるけれど、北の国との争いはハリストン辺境領にとってはより身近な問題のはずなのに。
(
ライオネル様にとって、そんなことと言えるくらいに北の国は取るに足らない相手なの?)
「北の国が攻めてこなくなった理由は簡単だ。国境を超える前に追い返しているだけだ」
「それは、どういう……?」
北の国から辺境領へ来るには、二つの道を通るしか術がない。
道が狭いけれど距離が短い山越えの道を通るか、距離は長いけれど道が広い山を迂回する道のどちらかを通るのが基本だそうだ。
ちなみに、どちらかの道を使わずに山中を進むのは険しすぎてかなり厳しいらしい。
獣道程度でも人が通れそうな道も少しあったが簡単に通れないような対策をしたので、どうしてもこの二つの道のうちどちらかを使わざるを得ないらしい。
山越えの道は所々隠れられるところも多くて、偵察兵が紛れやすい道だった。
距離が短くても山を越えるのは多少なりとも危険が伴うため、急ぐ人は山越え、急がない人は迂回の道を使うのが従来の道。
商人も旅人もどちらの道も満遍なく使っていたので、一般人に扮した偵察兵が紛れていても分かりにくかったそうだ。
そこで、商人も旅人も通りやすいように山を迂回する道だけを整備した。
一部、山の中に穴を掘って貫通させたことで迂回する道も距離が短くなり、移動に掛かる時間が山越えの道と大差がなくなった。
距離は少し長いけれど所要時間はそれほど変わらず、それでいて道も広くて安全。
一方の山越えの道は最短距離ではあるが、勾配もあり道が狭く滑落の危険も高い崖や谷も多い。
そちらはあえて整備せずに危険なままにしておけば、一分一秒を急ぐ人を除き、山を迂回する道を通るのが自然だ。
整備した道は隠れる場所がほとんどない上に、国境沿いの検問も整備されていて入国審査が厳しい。
山を貫通させた穴はあえて少し狭くしておき、たくさんの兵が一斉に入ってこられないように工夫されているという。
こうなると偵察兵は山越えの道を使わざるを得なくなるが、山越えの道を使用する人が極端に減ったので目立つようになって、事前に不穏な動きを察知できるようになった。
だから、事前に争いを治めることができているという。
さらに、周辺の監視体制を見直して、監視小屋を設置したり、三交代の勤務体制でいつでも迎撃出来る用意をしたことで、北の国は手が出しづらい状況に陥っている。
――と、説明してくれた。
なんでもないことのように「大きく変わったのはそんなところだ」と言っていたので、本当はもっと細かく色々体制を見直したり、改革したりしているのだろう。
話してくれた道の整備や騎士団の運営方法など、ライオネル様主体で前辺境伯の時代から進めていた計画が、ライオネル様が爵位を引き継ぐ少し前に今の形に完成したそうだ。
だから、ライオネル様が辺境伯になってすぐの戦いでは圧倒的勝利を収める事ができた。
それほど態勢が整っているのなら、安心して領地を離れられそうだと思った。
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