第27話
考えてみても夜会に呼ばれる理由が分からないまま、あっという間に辺境領を出発する日になった。
御者台には俺が指名した御者兼護衛の騎士二名がすでに座っている。
王都までは七日もかかるので大変だと思うが、王都滞在中は比較的自由行動ができるので、王都行きの御者兼護衛の椅子は皆が競い合っていた。
今回は、三人ずつ向かい合って座れる六人乗り馬車を用意した。
王都までは長い道程だ。
俺とマリアベルだけなら四人乗りでも充分だが、フォルスとフレアも随行するし、日数が長いので荷物も多い。
夜会に呼ばれる理由が見つからない事から心労もあるだろう。
それ以外の負担はなるべくかけたくない。
マリアベルが少しでも窮屈な思いをしなくても良いように、辺境伯家で一番大きな馬車だ。
見送りに来たロバートと使用人に声を掛けて馬車に乗り込む。
「では、行ってくる。留守を頼んだ」
「騎士団は任せて。いってらっしゃーい!お土産よろしくねー」
「いってらっしゃいませ」
領主邸があるラーベンの街を過ぎると、あっという間に緑が広がる。
街と街の合間――果樹園や畑が多い地域を通っている間はそれほど代わり映えしない景色だが、マリアベルは窓の外を楽しそうに見ていた。
王都や夜会へ行くことを憂いているのではと心配していたが、思ったよりもこの旅を楽しんでいる様子に安堵する。
今もフレアと一緒に窓の外を指さしながら、あれはなんだろう?何が生るのだろう?と楽し気に話をしている。
「あれはりんごの木だ」
「りんごですか?屋敷の側の若木と同じですね」
「良く知っているな」
「はい。こちらへ来て間もなくヘンリーに教えてもらいました」
マリアベルは庭を散歩する習慣があるから、去年植えたりんごの木も知っているのだろう。
マリアベルが屋敷にやってきて余り経っていない頃に、すでにヘンリーと楽しそうに話しているのを見かけた事があった。
その後も何度も楽しそうに話している姿を見かけるので、気になっていた。
そんなある日、畑から一人で屋敷へ戻るヘンリーと鉢合わせた。
「最近スワロセル嬢が良く畑の方にも来ているみたいだな?」
「お嬢様が辺境伯夫人として必要な知識を身に付けたいということで、色々聞かれていただけです。旦那様が憂慮なさるような事は何も!断じてありません!」
ヘンリーに探りを入れようと思っていたわけではないが、一瞬きょとんとしたヘンリーが慌てて否定したのを見て、自分の言い方が悪かったと気が付いた。
特に身分差の恋を疑っていたわけではないが、ヘンリーからマリアベルが辺境伯夫人としての勉強をしようと自ら動いてくれることを聞いて、あのときは嬉しく思った。
そんなことを思い出しながら、楽しそうにしているマリアベルを見ていると、頬が緩む。
いつかのようにマリアベルがちらりとこちらを見てから頬を染め、窓の外へ視線を逃がしていた。
狐や狸の多い王宮で過ごす時間が多かったはずなのに、本当に純粋な娘だ。
それだけ家族を始めとする周囲の者から可愛がられ、守られてきたのだろう。
愛らしく、守ってやりたくなる気持ちはよく分かる。
マリアベルを守ってきた者の中には王太子も含まれるはずだ。
昔、王宮でまだ幼いふたりを見た時、すでに王太子はマリアベルに想いを寄せていることが伝わってくるくらいだった。
王宮にいる間はきっと率先して守ってきたのだろう。
……そう考えるとなぜかモヤモヤした気分になる。
それにしても、どうしたらここまで擦れずに成長できるのか不思議なくらいだが、ずっと愛らしいままでいて欲しいと思う。
普通は退屈な馬車旅も、コロコロ表情が変わるマリアベルを見ていると飽きることがない。
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