第24話

 ――――ガシャン!


 紅茶の入ったカップをソーサーに戻そうとしたら、動揺して手が滑ってしまった。

 それは朝食が済んで、サロンのソファに座って紅茶を飲んでいるときだった。


 ライオネル様はいつも朝食が終わればすぐに仕事に行く。けれど、今日は違った。

 今日は午前中に王都から伝令騎士が来る予定 ――定期的に来る決まりらしい――なので、それまで少しゆっくりすると言って、サロンで一緒に紅茶を飲むことにしたのだ。


 この時間にサロンで一緒にお茶をするのは初めてで、一緒にいられることが嬉しいと内心浮かれていた。

 だから、動揺して手が滑った。

 半分以上飲み干していたのでこぼれたりしていないし、派手な音がした割にカップが割れたりしなくて良かった。


「………………え?」

「何か俺の事について聞きたいことがあったのだろう?」



 昨夜は何も聞かれなかったから、ライオネル様は気にしていないのだと思った。

 よかったよかったと安堵しきっていた。

 油断しているところに「ロバートに、俺に直接聞けばいいと言われたのだろう?何が聞きたいんだ?」といきなり言われたら動揺してしまうのも仕方がないと思う。


(ロバート様……内緒にしてって言ったのに、中途半端にバラしてる!)


 また動揺して失態をおかしそうだったので、ひとまずテーブルにカップを置いていると、向かいのソファに座っていたライオネル様がいつの間にか隣に座っていた。


「ロバートには聞けるのに俺には聞けないのか?」

「そんなことは、ありませんが」

「じゃあ聞けばいい。機密事項など答えられない事もあるが、大体のことなら答えられる」

「いえ、あの……だい……じょうぶ、です。っ!?」


 じりじりと詰め寄られて、気が付けばソファの端まで追い詰められていた。

 直接聞く勇気なんてないので、どうやって乗り切ろうと思案する。

 俯いてしまうと、徐に両手で顔を包まれて目線を合わせるように優しく顔の向きを修正される。


(あぁ、またこれ……こんなことされたら心臓が持たないのにぃ)


 優しく包まれているだけなのに、腕に手をかけて下げさせようとしてもびくともしない。

「離してくださいぃ!」と主張したが、「話すなら離す。話さないなら離さない」と謎かけのように言って、おでこをくっつけてきた。


 より一層の触れ合いにいっぱいいっぱいになった私は、観念して叫んだ。


「ライオネル様が昔お付き合いされていた女性について聞いたのですうぅぅ……!」

「……………………は?」

「…………」

「昔付き合ってた女性?なぜそんなことが聞きたいんだ??」


 私は表情を取り繕う事がもともと苦手で妃教育でもよく注意されていた。

 さすがに近年では滅多に注意されることはなかった。

 でも今は、羞恥で思い切り恨みがましい顔をしてしまっているだろう。

 だって、妃教育中にこんな感情になることはなかったもの。

 羞恥心が振り切って、少し怒りにも似た感情がわき上がってくる。


「そんなことを聞いてどうする?」

「…………」

「マリアベル?」

「………………ライオネル様は大人の女性の方が好きですか?」

「うん?」

「少女と大人の女性ならどちらが?」

「ううん???」

「ライオネル様の好みはどっちですかっ!?」


 こうなったら聞き出すまで引き下がれない。


「少女には興味ないが、なんなんだ?……ってなんで泣く!?」

「泣いてませんっ」

「いや、涙目になっているじゃないか」

「うぅ。ライオネル様が少女に興味ないって言うからぁ」

「は?俺が少女趣味っておかしいだろう!?」


 ほとんど八つ当たりのようになっているのは自覚しているが、もう自棄になっていた。

 急に情緒不安定になった私にライオネル様はオロオロして「ほら、泣くな」と言って、頭を撫でる。


「ほらぁ!そうやって私の事を子供扱いするじゃないですかぁ」

「何がだ?子供扱いなんてしていないだろう」

「頭を撫でるのは子供扱いしてるからじゃないんですか?」

「違う」

「じゃあなんでですか?」

「なんでって……」

「……??」

「―――とにかく、マリアベルを子供だとは思っていない」

「じゃ、じゃあ、どんな女性がお好みなのですか!?」

「どんな?そんなこと考えた事がないからわからない」


 そんな話をしていると、伝令騎士が到着したと副官のフォルスが呼びに来た。

 結局ライオネル様の好みをちゃんと聞き出すことはできなかった。

 だけど、一つだけ確かになったことがある――――



「フレア聞いて!ライオネル様に少女趣味か聞いてみたら、違うって仰ってた」

「側に控えておりましたので、存じておりますよ。しかし、少女か大人の女性の二択なら、大抵の男性は後者を選ぶかと」

「そういうものなの?」

「恐らく。大体、旦那様が少女趣味だったら、それはそれで嫌ではないのですか?」

「…………確かに嫌かも」


 結局どんな女性が好きなのか分からなかった。

 けれど、子供扱いをされているわけではないということは確かになった。

 これで今夜から少し安心して眠れそうだ。

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