第25話

 伝令を受けてから執務室に戻れば、ロバートが興味深そうに聞いてくる。

(面白がってるな、こいつ……)


「マリアベル嬢から聞かれた?」

「あぁ。というか、聞き出した」

「ふぅん?ま、俺が話をしなくて正解だったでしょ?」

「いや……?」

「ん?何を聞いたの?」

「俺は少女には興味が無いと言ったら泣かれた」

「は!?ちょ、何それ?どういうこと!?」

「俺がよく頭を撫でてくるから子供扱いされているのだと思ったようで……それで俺が少女趣味ではないと知って泣いたようだ」

「なるほどね~って、全然よく分かんない」


 今朝の言動から、マリアベルが俺に好意を寄せてくれていることは気が付いた。

 子供扱いしてくる相手が少女趣味ならば異性として見られていると思えるけれど、そうでないなら異性として見られていない事になる。

 だから、子供扱いしてくる俺が少女趣味ではないと知って泣いたのだろう。


 マリアベルに最近よく頭を撫でてくると指摘されて、初めて気が付いた。

 ほとんど無意識に頭を撫でていたのだ。

 マリアベルに指摘されるまで、自分の行動をあまり意識していなかった。

 何故そんなにも頭を撫でているのか、俺は……?


 そして、今朝はつい嘘をついてしまった。

 マリアベルから聞かれて、『とにかく。少女趣味では絶対にないが、特別大人の女性が好きなわけでもない』と言ってしまった。

 本当の事を言うべきではないと本能が告げていたのだが、それで正解だったはず。



 単純な女性の好みだけで言えば、どちらかといえば妖艶な女性の方がタイプだ。

 爵位を継ぐ前、騎士の勉強のために王都にいた十代の頃はそれなりに遊んだ。

 俺は結婚なんてできないと思っていたし、まともな恋愛をする気もなかった。


 それに騎士や軍人、傭兵などは争いの後に気が高ぶっていて女を必要とするやつも多い。実際、もっと若い頃は周りにも勧められてそういう店にも行ったことがあるし、この辺境伯領にもそういう店はある。辺境の騎士が主要な客である昔からある店だ。


 だから、短絡的に妖艶なタイプのほうが良いというだけで、それは真剣に向き合う気のない付き合いの中での話だ。

 実際にどんな女性が好みかなんて考えたこともなかったが、生涯の伴侶となると話は別であるのは分かる。


 それに、こんな不誠実な過去をマリアベルに知られるわけにはいかない。

 王命とはいえ妻には誠実でいたいと思う程度の良心はある。


 ロバートは王都にいた頃も一緒だったし、俺の過去の振る舞いも知っている。

 マリアベルに話してくれずに助かった。



「ところで、伝令はいつも通り?」

「いや。王都へ呼ばれた」

「……そうか」


 今日届いた伝令をロバートに渡す。

 いつもの飄々とした雰囲気を変え、険しい表情で今朝届いたばかりの文書に目を通している。


「これは、なんとも……。まぁ、留守は任せてくれ」

「あぁ、頼んだ」

「にしても、何が目的なんだろうな」


 文書には、王太子の婚約発表の夜会にマリアベルと共に来いという事が書かれている。

 マリアベルが俺の元に嫁いでくる理由を考えれば、今の時期に王都に呼ばれる事を疑問に思うのも仕方がないだろう。


 隣国の王女の我儘で、元婚約者候補を別の男に早く嫁がせることも同盟の条件の一つにされていると聞いた。それで嫁ぎ先が王都から遠く離れた辺境の地に選ばれたはずだ。

 他にも辺境伯家はあるが、マリアベルと釣り合う年齢で独身者は俺しかいなかったから、ハリストン家が選ばれたのだろう。

 それなのに、王太子と隣国の王女の婚約発表をする夜会に二人で来いとは……。


(王はいったい何を考えている?)


 できることならこんな伝令無視したいところだが、王直筆の正式な親書を無視することはできない。

 命令を無視できない以上、マリアベルがこれ以上傷付く事がないように注意を払うしかない。


 夜会に呼ばれている事を伝えたら、マリアベルはどんな反応をするだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る