第20話

 私は今、ソファで横になってベッドサイドに飾られた花を見ながらゴロゴロしている。


 ―――先日の成人祝いにライオネル様が下さった花束は、いつの間にか私の手元からなくなっていて、私の部屋に飾られていた。

 その花も枯れたものは除かれて随分本数が少なくなってしまった。

 普通なら萎れる前に新しいものに一式取り換えられるのだけれど、せっかくの贈り物なので最後の最後まで楽しみたいと我儘を言った。

 発色の良い花は最初から抜いてドライフラワーにするようにお願いもした。


 あの日以来、ライオネル様の声を聞くだけで、姿を見るだけで、落ち着かない気分になる。

 こんなことは初めてだった。


(もしかして、また謎の体調不良が復活したのかしら……?)


 そういえば、ご飯を食べているときに胸のあたりが苦しくなる時がある。

 婚約者候補から降りてからは体調不良になる事はなくなって、辺境伯領へ来てからはむしろ体調が良いと思っていたのに。


 婚約者候補から外された理由の一つに、私の体調不良も一因としてあることは知っていた。

 隣国の王女から輿入れの打診がある少し前から、このまま体調不良が続くようなら婚約者候補を選定しなおした方が良いのではという声をあげる貴族も出てきていたらしい。

 あの頃は頑張ろうと思っても気力ではどうにもならないくらい、体のだるさやめまいに襲われることがあった。


 もしも、あの謎の体調不良が再開して悪化したら……ライオネル様との結婚話もなくなってしまう可能性があるだろうか。

 それは嫌だな……と思っていると、また胸のあたりが苦しく感じる。


「……お嬢様?…………マリアお嬢様!」

「っ!?」


 思ったよりも思い悩んでいたらしく、フレアの声掛けに気が付かなかった。

 フレアは私の憂い顔に気付いたらしい。


「どうされましたか?何かお悩みでも?」

「あ、ううん、なんでも――」

「もしかして、また体調が優れないのでは!?」


 侍女が主の言葉を遮るなんて主従関係においてありえないことだけど、フレアはそういうところは容赦なく無視する。この遠慮のなさが心地が良いのだけれど。


 まだ寝込まなければいけないほどではないから、「なんでもない」という前に心配したフレアがソファの側までやってきた。

 無意識に胸のあたりに手を添えていたみたいで、フレアの視線が私の胸もとと顔を往復する。

 起き上がろうとした私を押しとどめ、フレアは跪いて心配そうに見てくる。


「お医者様をお呼びしますか?どのように体調が優れませんか?」

「大丈夫。たまに胸のあたりが苦しくなるような感じがするだけで、前のような症状ではないわ」

「胸のあたりというと肺?心臓?いずれにしても軽く考えてはいけません。いつどのような時にそうなるのですか?」


 心配かけたくないけれど、余りに真剣に聞いてくるのでちゃんと答えないわけにはいかない。

 とりあえず今は大丈夫だからと言って、ソファに座り直す。


「えっと、ご飯を食べているときとか」

「食事中ですか。食事中だけですか?」

「んー、ううん。食事中以外にもたまに」

「どんな時ですか?」


 いつ胸が苦しく感じるか、よく思い出してみる。

 ご飯を食べているときの他には、食後にサロンでお茶を飲むときにもなる。

 お庭の散歩中に騎士団が訓練してるのが見えた時にもなった事がある。

 胸が苦しくなるだけでなく落ち着かない気分にもなる。


 どんな時に胸のあたりが苦しく感じるのかを挙げていると、ふと、それはライオネル様といる時が多いかも?と気が付いた。

 だけど偶然だろう。特定の人といると発症する病など聞いたことがない。


「フレア、この症状に心当たりある?どうしてだと思う?病気かしら」

「お嬢様。それはもしかして不治の病と呼ばれるやつでは?」

「不治の病!?そんなっ……、治らない病気なの!?」

「冷めれば治りますが、お嬢様の場合はどうでしょうね」


 お嬢様の場合は暫く冷めなさそうというか、冷めない方が良いというかとフレアは言っていたが、治す方法があるなら早く教えてほしい。


「冷めれば?冷やせばいいの?どこを冷やせば良いの?」

「……え~っと、ですね。旦那様と一緒にいるときに胸のあたりが苦しくなるのですよね?」

「確かに、そうね。それだけではないけれど」

「旦那様が側にいなくても、旦那様の事を考えた時や例えばその贈られた花を見ていると胸のあたりが苦しくなるのではありませんか?」

「……確かに。凄いわ、フレア!どうして分かるの!?お医者様みたい!」


 フレアは、ここまで言っても分からないとは。流石箱入り。とか、真綿に包んで厳重な箱に入れられていただけある。とか、私が核心をついてもいいものなのだろうか。とか、なんかブツブツ言い始めた。

 言ってる意味は分からないけど、なんだか失礼な事を言われている気がする。


 ……けれど、治らない病気を抱えてしまったなら、きっとここにはいられなくなるだろう。

 そう思うと、また胸のあたりが苦しくなった。

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