第15話
酒屋の店員は困っている事があるらしく、辺境伯様を店の奥の方へと連れて行ってしまった。
私は店のガラス窓の前に立って、道行く人たちやそこから見える店を観察する。
「そこのお嬢さんたちぃ。俺、道に迷っちゃったんだけど案内してくれない?」
妙に軽快な口調の男性が話しかけてきた。
このような声かけをされたことがないので、私に話しかけているのか確信が持てない。
声の主のほうへ向くと、しっかり目が合った。
「……私?ですか?」
「そう、わたし~」
「ごめんなさい。私はまだ詳しくないので他の方に尋ねてくださいませんか」
「えーそうなの?じゃあさ、疲れちゃったから休憩に付き合ってくれない?そこのカフェで。それなら良いでしょ?」
(道に迷っているのではなかったの?それがどうして休憩に誘われることに?)
「あの、申し訳ございません。今は人を待っていますので……」
「えー?こんなかわいい子待たせるなんて碌なやつじゃないよ。そんな奴放っておいても良いって」
「お嬢様。この手の輩は相手にしてはいけません」
フレアが少々固い声で耳打ちしてきた。
さすがの私にも相手にしないほうがいい相手だということはわかる。
辺境伯様を待っている間、賑わっている街の様子が楽しくて、キョロキョロしていたのがいけなかったのかもしれない。
道案内を頼むふりをした若い男性に絡まれる隙を作ってしまったようだ。
だけど、辺境伯様を悪く言われて私はつい反論してしまう。
「碌な奴じゃないって、そんなことないわ」
「いいから!行こうって!」
「あっ……!」
私が言い返すと、男性に強引に腕を掴まれた。
思いのほか強く引っ張られたのでたたらを踏んだが、それも一瞬の事。
瞬きの間に男は地に倒されていたのだ。
フレアによって。
「いっ、ってぇな!放せよっ!!」
「…………!」
「痛!いたたたっ!ごめんなさい放してください!」
男が喚くと、フレアの拘束が一層強まったらしい。
過剰防衛とも言えそうなくらいに、フレアによって腕を捻りあげられて、頬を地面にぐりぐりと押し付けられている。
見ているだけで痛そうだ。
少し同情してしまいそうになるくらいにぐりぐりされている。
フレアにもう少しだけ力を緩めるように言った方が良いか迷っていると、慌てた様子で辺境伯様が駆け寄ってきた。
辺境伯様は私を背に隠すように前に立つ。
「マリアベル!何事だ!?」
フレアがいるから危ない事はないとはいえ、辺境伯様が来てくれたことにホッとする。
「あの、この男性が道に迷ったそうな――」
「この男がお嬢様に不埒な事をしたのです!」
今あったことを説明しようとすると、男を拘束しているフレアが声を張り上げる。
「……なんだと?」
辺境伯様から地を這う様な低い声が発せられた。
背中からもその怒りのオーラが伝わってくる。
倒されている男も辺境伯様から発せられる不穏な空気を察したのか顔色がどんどん悪くなっていく。
このままでは辺境伯様直々の鉄拳制裁が振るわれそうだと思ったが、そこへ衛兵が駆け付けたので男を引き渡した。
特に捕まるような悪い事をしたわけではないので、女性へ無理強いしないようにと口頭注意されてすぐに解放されることになるだろう。
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