第14話
先日、一緒に高台に出かけて以降、無表情が常だった辺境伯様の表情が目に見えて柔らかく変化し始めていた。
少しだけ距離が近くなったように感じられる。
(まぁ、無表情が基本なのは変わらないけれど)
だけど変わったのは表情だけではなかった。
なんと、今日は辺境伯様と一緒にラーベンの街に行くことになった。
少し前に初めて二人で丘へお出かけしたときに、「今度は街を見に行こう」と言ってくださったけれど、なかなか実現しなかった。
領主業務と騎士団の業務が多忙でなかなか時間が取れないらしい。
忙しくて放置され気味だけど、仕事を優先するのは当たり前。
それに、なんとなく辺境伯様はそういうことがあまり得意ではなさそうなので、実現しないからといって特に不満はなかった。
しかし、昨夜、二度目のお出掛けに誘われたのだった。
「スワロセル嬢。明日は何か予定はあるか?」
「明日ですか?特にありませんわ」
「明日、街に視察に行く予定があって、その、仕事のついでで悪いが、良ければ一緒に行―――」
「行きます!!」
「そ、そうか。では、昼前に出る予定だからそのつもりで」
お誘いが嬉しくて思わず食い気味に答えてしまった。
言葉を遮るなんてマナー違反をしてしまったから、辺境伯様は驚いたように目を見開いていたけど、その後は少し柔らかい表情で話してくれるようになった。
それで余計に嬉しくなってしまった。
きっと表情筋が緩んでニマニマしてしまっていたけれど、変に思われなかっただろうか……。
今日は街の中にいても浮かないように、私は町娘風のワンピースを着ている。侍女長のハンナが昨夜の私たちの会話を聞いて用意してくれた物だ。
街へ向かう馬車の中、知らない景色を見るのが楽しい。
王都から遠いだけあり、見慣れない植物もある。
暫くそうしていると隣に座るフレアに腰を肘でつつかれ、熱心に窓の外ばかり見ていることにハタと気付いた。
ちらりと辺境伯様を盗み見る。
窺うと、柔らかな微笑みをたたえてこちらを見ていたので胸がキュッとした。
(微笑んでいらっしゃる!なっ、なんで!?)
初めて見るその表情が素敵すぎて、動揺のあまり視線を彷徨わせてしまった。顔が熱い。
でも、もう一度見たい。
チラッ。
(はぅぁぁぁすてきぃぃぃ)
何故かわからないけど、大人の余裕を感じる微笑みで私を見ていることにドキドキした。
街に着いて馬車を降りると、辺境伯様に左腕を差し出された。
エスコートしてくれるのだろう。
笑顔で彼の腕に手を添える。
大人の余裕を感じさせる笑みを向けられるとドギマギしてしまうけれど、婚約者候補としての教育の成果でエスコートはされ慣れている。
今は、馬車内での動揺を微塵も感じさせない振る舞いができているはず。
辺境領にはいくつかの街があるが、今日は領主邸のお膝元である街ラーベンへ来た。
領主邸は屋敷というよりも堅牢な城なので、ここは辺境領の城下町といったところ。
国境沿いにあり寒さの厳しい辺境だけど、案外活気があってにぎわっていた。
国から国へ移動する商人も立ち寄る中継地点にもなっているらしく、想像していたよりもずっとお店の種類も多い。
飲食店はレストランから食堂にカフェ、酒場もある。飲食店以外には肉屋や八百屋、パン屋、雑貨屋や本屋、衣料品店、手芸屋、鍛冶屋、代筆屋、宿屋など様々だ。
お店の規模も大きな建物のものから屋台まで様々で、人も多い。
歌劇場や最先端の流行品はないかもしれないけれど、生活に困ることはないだろう。
よく考えてみたら、辺境騎士団の騎士だけでもかなりの数になる。
家族と街に住んでいる騎士も多いし、街の規模もそれなりに大きくて当然なのだろう。
「おや?領主様?丁度良い所に!実は困っていることがありまして」
「すまない。少し外す」
酒屋らしき店の前を通りかかっていた時に、店の中から声を掛けられた。
辺境伯様と街を歩きだしてから、何度も繰り返されたこのやりとりにもすっかり慣れてしまった。
領主と領民の間には隔たりがある領も多いようだけど、辺境伯様と領民の距離は近いようだ。
頼りにされていて、気軽に相談できる良い関係を築けているのだろう。
なんだが私まで誇らしい気分になってくる。
店員が困っていそうな表情をしていたので、仕事の話だろうと私はフレアと店の前で待つことにした。
元々視察にくっついてきたのだ。
仕事の邪魔をするつもりはない。
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