第13話
そのお誘いは二人が一緒に夕食を食べているとき。
前触れもなく突然だった。
「スワロセル嬢。明日も天気が良さそうだ」
「そうですね」
「それで、だな」
「はい。……?」
「先日、自然が好きだと言っていただろう」
「はい。外に出て自然と触れ合うことは好きです」
「ならば、ここからそう遠くない場所に景色の良い場所があるから案内しよう」
「よろしいのですか?嬉しいです」
初めてライオネルに誘われたことと、辺境領へ来て初めてのお出掛けにマリアベルからはじけるような笑みがこぼれるのだった。
そして今、私はベルガモットの香りに包まれている。
馬に横乗りをしている私の左側がぴったりと辺境伯様の体にくっついていて、手綱を握る辺境伯様の腕に囲われているような状態なのだ。
(騎士にしては細身にみえたけれど、やっぱり騎士らしく逞しいのね……)
ぴったりとくっついた体で直接鍛えた体を感じることになって、密着感に羞恥を感じた私はそっと体を離そうとずれることを試みた。
しかし、それもすぐに気が付かれてしまった。
身長差があるので、ずれようとした私を辺境伯様は覗き込むようにしてくる。
「こら。何をしている?危ないだろ」と、すぐにグイっと引き寄せられた。
気づかれないようにとじわじわ離れたのに、一瞬で元通り。
覗き込むようにしていたからか、耳元で辺境伯様の声がする。
(ひぃゃぁああああぁぁ!みっ耳!耳に声がぁ!)
私好みのハスキーな声が耳に直撃してびしりと固まった私は、大人しく寄りかかって目的地まで運ばれることになった。
辺境伯様が連れて来てくれたのは、領主邸からほど近い高台の上だった。
周りには黄色の鮮やかな花が咲き乱れていて、とてもきれいな場所だ。
花々や木々が風に揺れて新緑の爽やかな香りを運んでくる。
高台の目的地までは鬱蒼とした森の中を馬で来たが、目的地は思わず駆けだしたくなるような開けた場所だった。
実際、私は少し走り出してしまった。
「凄い!とてもきれい!」
「気に入ったか?」
「はいっ!連れて来てくださりありがとうございます!」
元々領主邸があるのは小高い坂の上だけど、ここはさらに一段高い場所にあるらしい。
御礼を言うために振り返ると、辺境伯様の後ろに木々が一部開けた場所があり、そこからは街が見下ろせた。
「わぁ!街も良く見える!あれはラーベンですよね?」
ラーベンとは、この辺境伯領の中にある一つの街。辺境伯邸のお膝元。
「あぁ。ラーベンの街に直接行っても良いのだが、俺はここの景色やここから見る街が好きなんだ。だからまずはここからの景色を知ってほしいと思った」
(お気に入りの場所に連れてきてくださったんだわ。なんだか、とても嬉しい)
小さな家々が立ち並び、屋根についた煙突からは煙も見える。沢山の人が暮らしている様子が伝わってくる。
「素敵な場所ですね。私も好きになりました」
「それは良かった」
「どれだけの人が辺境伯様のおかげで安心して暮らしていけているのか……きっとここから見える範囲だけでなくもっとたくさんの人が辺境伯様のおかげで安心して暮らしていけていますね。きっと街の皆は感謝しているはずですよね」
「何故……そう、思う?」
「え?だって長い間続いた争いが近年起こらなくなったのは辺境伯様のおかげですよね?辺境伯様がいなければ、いつ戦禍に巻き込まれるかという不安が続いていたと思います。それは民も皆分かっているはずです。特にこの街の人達はそうだと思ったのですが?」
「そうか、ありがとう」
「?……いえ」
二人でしばらく景色を堪能した後、ブランケットを敷いて軽食が入っているバスケットを広げる。
バスケットの中には料理人お手製のサンドイッチが入っていた。ハムにチーズ、きゅうり、トマト、レタスなどが挟まっている。
公爵家の料理人も腕が良かったし、王宮の料理人は言わずもがな。
しかし、ハリストン辺境伯家の料理人の腕もかなり良い。
採れたて野菜を使っているからか、野菜を使った料理は特に美味しい気がする。
綺麗な景色を見ながら自然の中で食べるサンドイッチは格別美味しく感じられた。
食事が終わると、ハーブティーが入ったカップを片手に、ぼーっと景色を眺める。
この麗らかな陽気と柔らかな風、春の息吹を感じられる色や香り――それらが心地よい空間を作り出している。
テンポの良い会話がなくとも、ずっとこうしていたいと思える時間だった。
カップを脇に置いた辺境伯様が、ブランケットの上にごろりと寝ころんだ。
「気持ち良いからスワロセル嬢も寝転んでみると良い」
そう声を掛けられて、辺境伯様の方に視線を向けてみると違和感を覚えた。
その違和感の正体を探ろうと、身を乗り出して辺境伯様を見下ろす。
「あら??」
「なんだ?」
「辺境伯様の瞳が青から紫へと変化していて、とてもきれいです」
辺境伯様はダークグレーの髪の毛に透き通るような深い青色が綺麗な瞳をしている。
それが今は、中心に向かって青から紫へと色がグラデーションになって見える。
まるで夜から朝に変わるときの空のように、神秘的な綺麗さがあった。
その瞳を見て、最早懐かしく感じる顔を思い出す。
ウィリアム王太子殿下も、強い陽の下では瞳の色が青から紫へと変化する特徴があったのだ。
「あ!そっか。ハリストン辺境伯家には王家の血が入っているのですよね」
「何故……あぁ、そうか。妃教育でか」
「はい。王家の血が入っていると強い陽の光によって目が青から紫へとグラデーションに見えると。陛下も殿下も、天気の良い日の庭園でのお茶会の際には瞳の色が変わって幻想的でとても綺麗だと思っていました。辺境伯様は陛下や殿下よりは色の変化が薄いのですね。血の濃さでしょうか?」
「さぁな……」
「あ。でも、王弟殿下の色合いに近いかも?それじゃあ血の濃さは関係ないのかしら」
「……そう、かもな」
(あれ??口籠っていらっしゃる?何か聞いてはいけない事を言ってしまった?)
「―――いつまでそうしているつもりだ?」
「えっ?」
「まるで口づけを強請っているようだぞ?」
「っ!?しっ、失礼いたしました!!」
辺境伯様にフッと笑われて、上から顔を覗き込むような自分の体勢や辺境伯様との近さに漸く気が付いた。
今まで出迎えの時以外に外でご一緒することが無かったし、出迎えの時も身長差で見降ろされていたので気が付かなかったから、つい身を屈めてまじまじと目を覗き込んでしまっていたのだ。
(いやぁ!はしたない娘だと思われたわきっと)
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