第11話
私は今日も午後から散歩という名の庭の散策へ出かける。
今日はこれまで行っていなかった庭の奥の方へ行ってみようと決めていた。
逆側は畑へと続いていてすっかり歩き慣れたけど、反対側にはほとんど行ったことがなかったから。
予定通り庭の奥の方まで来ると、金属がぶつかり合う音や勇ましい声が聞こえてきた。
こちら側は騎士団の訓練場が近いようだ。
興味をひかれて音のする方に近づいていく。
訓練場は木製の塀で囲われていたけれど、ところどころ出入口なのか切れ間があった。
そこから中の様子を窺うと、沢山の騎士服姿の男たちが剣をぶつけ合っていた。
剣を交えて訓練している者、体術を使って訓練している者など様々なようだ。
その中には辺境伯様の姿もあった。
何か指示をだしている様子や剣を振る姿は精悍さが際立っている。
(お仕事をしてる辺境伯様も素敵だわ)
「あ!久しぶりに女の子が入り込んでる!」
「おい、お前。どこから入ってきた?」
私は辺境伯様が訓練している様子を見るのに夢中になっていた。
そのため、すぐ後ろに人がいるのに気が付かなかった。
近くで聞こえた男性の声にびっくりして振り返ると、騎士服をきた二十代半ばくらいの二人の男性が立っていた。
騎士団で面識があるのは辺境伯様とロバート様、フォルスだけ。
今目の前にいる彼らとは初めて会う。
「って、え!?可愛い!なになに?誰か目当てのやつがいるの?」
「へぇ?誰の追っかけか知らないけど、俺たちが遊んでやろうか?」
「……えっ?」
「騎士目当てに来たんでしょ?誰が目当てか知らないけれど、騎士目当てなら俺達でも良いよな?」
騎士たちは、少しにやつきながら距離を詰めてくる。
(……私が辺境伯様の婚約者だと気付いていない?)
「……何を仰っているのか分かりかねますが、散策の許可は得ています」
「まぁまぁ。誤魔化さなくてもいいよ」
「こんなところまで入り込むくらいだからな。ちゃんと相手してやるよ」
何かを誤解しているらしく話が見えないけれど、不穏な空気は感じられる。
(なんだか怖いわ)
無意識に後退りするが、近づいてくる彼らに追い詰められて、木の塀に背中がつく。
こんなことになるなら、一人で行動するのではなかったと後悔したが、今頃後悔しても遅い。
最初から一人だったわけではない。
庭に出てみると曇り空で少し肌寒かったので、フレアがストールを取りに行ってくれることになったのだ。
その時にしっかり「ひとりで動き回らずに待っていてくださいね」とフレアに釘を刺されていた。
にも関わらず、敷地内だから問題ないだろうと勝手に動いたのは私。
幼いころから王太子の婚約者候補という立場があったマリアベルは、男性から下卑た目を向けられるのは初めてで戸惑っていた。
(どうしよう。どうしたら誤解がとけるの?あっそうだ、名乗れば)
王命で辺境伯様との結婚を申しつけられている。
予定よりも早い訪問になったが、辺境伯様の結婚話は騎士たちも知っているはず。
「あの、私はマリアベル・スワロセルと申します」
「ふぅん、名前も可愛いね。マリアベルちゃん」
「俺たちと遊んでくれたら不法侵入は黙認してやるさ、マリアベル」
(え?名乗ったのに通じない?)
戸惑っているうちに一人の騎士が下卑た表情のまま顔へと手を伸ばしてくる。
咄嗟に身を竦めた。
(いやっ)
「ちょっ、お前たち何してんの!?」
聞き覚えのある、けれど焦ったような声が耳に届く。
騎士の手が届いてこなかったことと、聞き覚えのある声に安堵して顔をあげると、予想通りそこにはロバート様がいた。
こちらへと手を伸ばそうとした騎士の腕をロバート様が掴んで止めている。
「これは!副隊長!」
「この女が入り込んでいたので、俺たちできっちり対応しようと思いまして!」
二人の騎士がザっと即座に姿勢を正し、弁解する。
「はぁ?いやいやいやいやいや。え?何言ってんの?ライに殺されたいの?」
騎士二人はキョトンと事情が飲み込めないような表情をした。
「隊長に?……どういう事でしょうか?」
「いや、こっちが言いたいわ。この方はライの婚約者だけど?」
「………………へ?」
状況を理解したのか、二人の騎士はみるみる青ざめていく。
青を通り越して真っ白になりそうな勢いだった。
ロバート様の登場でひとまずは危機を脱したと分かり、安堵のため息を漏らす。
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