第8話

 数日前から私は領主邸の敷地内の散策を続けている。

 広大な庭や屋敷周りを数日掛けて見て回った。


(今日は畑を見に行ってみよう)


 一応、領主邸の敷地内から出ていかなければ自由に過ごして良いと辺境伯様には許可は得ている。


 畑は初めにトマスに領主邸内や敷地内の案内をしてもらった際、「あちらには畑があります」と手で指し示す程度に紹介されただけで、実際に近くまで来ていなかった。

 庭で食用になる花を植えていると話を聞いてから、畑にはどんな作物を植えているのかと気になっていた。

「わぁ。凄いわね、フレア」

「そうですね」


 実際に来てみると、予想以上に広大な畑が広がっている。

 季節もあるのかキャベツやほうれん草といった葉物野菜に、これからの季節に備えたトマト等が植えられているようだった。


 この畑で作る野菜は領主邸や騎士団の食堂で食べられているというが、有事の際を想定して領主邸や騎士団の食堂だけでは消費しきれないくらいの量を作っているのだそう。


 ヘンリーから庭の花の話などを聞いて、今後は辺境伯夫人として有事に備えた知識を蓄えることは大切だと思った。

 騎士団や戦闘の事は分からないけれど、こういった身近な事なら私にもわかることがあるのではないかと考えたのだ。


 妃教育で国民や領民のために尽力するという考え方は身についているので、暇を持て余しているよりも勉強することが楽しい。


 畑の端にヘンリーがいたので、声を掛けると驚いた顔をする。


「お嬢様!?こんなところにまで!」

「ふふ。今日は畑の見学に来たの。いろいろ見せてもらってもいいかしら?」

「それはもちろん構いませんが……」


 ちらっと足元を見るヘンリー。靴やドレスが汚れることを心配しているのだろう。

 今日は最初から畑を見るつもりだったので、いつもよりスカートも短めだし編み上げブーツを履いて対策済みだ。


「お仕事の邪魔はしないつもりだけど、質問してもいいかしら?」

「はい。構いません」

「ありがとう。早速だけど、畑もヘンリーが管理しているの?」

「はい、一応庭や畑は僕が担当しています」

「この広い範囲を一人で?どうやって?」

「通いの農作業員がいます。収穫時期には期間限定の農作業員を募集することもありますし、孤児院の子供たちのお小遣い稼ぎに草むしりをしてもらうこともあります」


 ここでは領内の雇用も担っているようだ。

 しかし、それだと使用人の数を減らしても外部から悪意を持っている人が入り込みやすいのではないだろうか。


 そんな疑問が顔に出ていたようで、農作業員が畑以外の場所にいれば目立つのですぐわかるから大丈夫なのだとヘンリーが説明してくれた。


 畑の脇に農作業員用の休憩小屋があるので、農作業員が畑か休憩小屋以外に行くことは基本的に無いという。

 確かに、使用人用の門から入って右が畑、左が騎士団施設、まっすぐ行くと領主邸というようにはっきりと分かれているようだし、迷ったとは言い訳できない道だった。


「ここの畑ではたくさんの野菜を作っているけれど、領主邸や騎士団の食堂だけでこんなに消費できるのかしら?」

「有事じゃなければ通常は食べきれません。食べきれない分は保存食に加工したり街の孤児院に持って行ったりしています」


 領主邸に住み込みでいる料理人は二人いるが、料理を振舞う相手は今までライオネルしかいなかった。

 もちろん使用人への料理も作るが、主へ作るのとでは気合も時間の掛け方も違うし、二人いる料理人は大量の野菜の保存食を作るのに大半の時間を費やしていたらしい。

 それが私がきたことでお菓子なども作る機会が増えて、料理人も喜んでいるという。


「ところで、その若木は何を植えたの?」

「この木はりんごの木です。あちらの奥には葡萄もありますよ」

「それも食料なのね!」


 その後もヘンリーの仕事を見学しつつ、気になった事を質問していった。

 辺境伯夫人としての知識を蓄えるために、なかなかに良い時間を過ごせたと思う。


 それに、辺境領にきて自然と触れ合うようになって、婚約者候補らしさはかなり抜けてただのマリアベルになってきていると自分でも思う。


 貴族令嬢らしさも同時に無くなってきているけど、最近は解放感に溢れている。


(それに、貴族令嬢らしく振舞うよりも自分らしさを出した方が、辺境伯様の表情が柔らかくなる気がするのよね)


 ライオネルも使用人一同も、マリアベルが自由に動き回って行動することを咎める人はいない。

 それどころか、微笑まし気に見守ってくれている気がするくらいだった。


 事実、辺境を嫌がるのではと心配していた使用人一同は、毎日楽しそうに敷地内を散策するマリアベルが辺境を気に入ってくれている様子に安堵し、気取っていないマリアベルを歓迎していた。


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